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2012/09/08

I'm a real nowhere man

やっぱり歳のせいなのかな、ここ数年、先のことが気になって仕方がありません。

本を読んだり、作業をしたりしていても、先の予定や仕事の段取りが気になり、常に「心ここにあらず状態」。今という瞬間に集中できないので、今やっていることが鮮明な記憶として残らない。

こんなことを繰り返しているので、頭の中に過去がなく、今もなく、思っている未来は漠然としていて、リアルな実感というものがない。

未来の幻想に押しつぶされ、時の狭間に身を置くだけの自分、nowhere manという言葉がピッタリだなと今朝思い当たった。

A型人間なので多少悲観的な面があるのは仕方がないにしても、度を過ぎている。

今を生きる人になりたい。

2012/08/05

日本人として違和感を感じるぜ

男子水泳メドレーリレー、銀メダルとれてよかったなぁ。

だけどね、インタビューがちょっと気になるんだよね。誰が話したか忘れちゃったけど、

「康介さんを手ぶらで帰すわけにはいかないと3人で話し合っていた」といった類の発言。

大人がテレビでこんなこと話すか?って感じ。

北島だって平泳ぎでメダル欲しかったと思うけど、自分の種目のことはしゃーないと切り替えて、後に続く若者がメドレーでメダルがとれるようにと、チームの精神的支柱として、頑張っていたんだろうと想像する訳ですよ。

しかし、年下の連中に公の場であんな言い方されちゃうと、引導渡されたみたいで、惨めだよね。

本番で力を発揮するためにどんな準備をしようが全く構わないけど、何でも公に晒していいというものではないでしょ。

年上の北島をつかまえて、しかも本人の前で、あんな発言をするなんて、人への気配りが足りないというか、大人としての常識を疑うね。

そんな話は、引退して何年も経ってから、バラエティー番組ででも話せよって感じ。

選手に何かをしゃべらせようとするメディアの姿勢も問題なんだろうけどね。

その点、「男は黙して多くを語らず」的な柔道選手のインタビューはいいね。

2012/07/22

自転車でやってきた

この春から、大学の学生寮に入った長男が夏休みで帰省しました...自転車で(爆)

奴は、中学で卓球部、高校でボート部に所属していましたが、何を思ったのか大学ではサイクリング部に入り、私の母親からもらったお祝い金をバーンと使って十ウン万円の自転車を買ったらしい。自転車を自慢したいのと、交通費を浮かすため、3.5時間の道のりをペダルを漕いで帰ってきたとのことです。

うちの嫁は、「自転車で帰ってくるなんて信じられない」ということですが、サイクリング部が3.5時間くらいペダルを漕ぐのはなんでもないことなんでしょう。なんつったって、自転車かついで北海道まで行くような連中だし。

それはそれでいいのだけれど、さすがに十ウン万円の自転車を外においておくわけにもいかず、部屋の中が駐輪場となっているのがなんとも鬱陶しい。

2012/04/29

トランスフォーム


朝のランニング、今日は気分を変えてバイパス沿いを走っていたら、模擬試験でも行われるのか、制服姿で自転車に乗った中学生が何組も通り過ぎていく。

古いバイパスってのは大抵郊外の農地の真ん中を突っ切っているから、周辺住民が少ない故、車以外が通ることは想定していなかったのだろうか、歩道の幅がやたら狭い。今ではバイパスが通ったことで農地の宅地化や商業地化が進み、歩道も結構人が行き交う状態になっている。そういうことを見越して、車道だけ立派にするのでなく、歩道も充分な幅をとっておけばよかったのだろうが、鉄道は狭軌、首都高は2車線と、「狭い国土の有効活用」にばかり目が行っていた当時は、そんな発想は浮かばなかったのだろう。

それはさておき、いつもは歩いて登校している中学生が、友達と自転車でそこそこの距離のところへ出掛けるとなると、そりゃぁ浮かれますわなぁ。狭い歩道を二列縦隊で話をしながら、次から次へとやってくる。そんな状態でランニング中の私とすれ違うわけだが、あの人達の行動はとっても不思議。

まずは自転車を減速(はい、基本のキです)。次にどうするかというと、二列縦隊の幅を可能な限り狭めて私とゆっくりすれ違う。つまり、すれ違う瞬間は歩道に3列になっているということだ。こういう場合、予めすれ違うことを見越し、手遅れにならないタイミングで一列縦隊に「とらんすふぉぉぉーむ!」し、すれ違いが完了した後に再び二列縦隊に復帰、というのがノーマルな方法だと思うのだが。

玉石混合の情報の波にさらされ、携帯、ゲーム、ネット、どうでもいい人付き合い、勉強などで時間に追われ、脊髄反射的に生きている最近の子ども達。現状維持に一所懸命で発想の転換や柔軟な発想をする力や活力が足りないのだろうか。「こういうときは一列縦隊になればよい」という発想すら浮かんでいないんじゃないか...とニッポンの行く末が心配になった。

「向こうからオヤヂが走ってくる~。あたしたちおしゃべりやめたくないし、こっちが少し左に寄って、オヤヂも反対側に寄ってくれれば、並んだまま通れるよね。一列になるのメンドクサイから、このまま行っちゃおう」という思考過程の末の結論であれば、オヤヂはニッポンの行く末に少しは希望を見出せるのですが。

2012/03/05

ネットが発達した世界の行く末

我が家では、週末の夜は夕食前に家族揃っておつまみを食べるという変わった習慣があります。大人はお酒を飲みながら、子どもは清涼飲料水を飲みながら、ナッツ、マメ、チーズ、枝豆等々、いわゆるおつまみをつまむ訳です。

夕べのこと、おつまみをつまむ食卓で、次男が携帯でメールを打っていました。私や長男がやめるように注意してもなかなかやめません。私が駅や電車で普段見掛ける携帯野郎と同様に、注意散漫になっていてこちらの声が聞こえていないのでしょう。

そこで私がガツンと一言。

「お前、おかしぞ。どうして遠くにいて姿が見えない奴の言葉には返事して、目の前にいる人の言葉には返事しないんだ。目の前にいる人のことを優先しろ。ここにいない人から来たメールなんて、慌てて返信なんかしなくていいんだ。電話ならともかく、メールという時点で急ぎの用事じゃないんだから、自分が都合のいいときに返信すりゃいいんだ。くだらない内容だったら放っておいてもいいんだ。携帯を握りしめてメールを待ちかまえ、来たメールにすぐに返信なんてことをしていたら、お前のやりたいことをする時間がなくなるぞ。携帯に夢中になっていると、お前の人生の時間は携帯に奪われるぞ。携帯に支配されるんじゃなくて、携帯を道具としてお前が伸びるような使い方をしろ。」

聞いていたんだか聞いていないんだか、とりあえずメールはやめました。しかし、メールが気になって心ここに在らずだったのでしょうか、自分のコップに清涼飲料水を注ごうとした時、手にしたペットボトルが長男のコップにぶつかり、中の清涼飲料水がテーブルに流れ出したぁぁぁ。私が大慌てでティッシュで流れを食い止めようと奮闘している横で、次男はペットボトルを持ったまま流れの先頭が移動するのをぼーっと見てる。彼の脊髄には「ジュースがこぼれた→急いで拭く」という反応パターンはインプットされていないようです。なにが原因かはわかりませんが、ゲームや意味のない短いメールのやり取りなどの単純な反射で脊髄が鍛えられ、ちょっと複雑な動きには反射できなくなっているんじゃないかと心配です。

そんな訳で、次男は3度めの携帯没収となりました(爆)。

しかし、ネットを使った情報伝達方法の発達というのは、便利な反面、末恐ろしい気がします。目的の人に対して声を発する必要なく瞬時に情報が届くので、「目の前にいる人」、「地球の裏側にいる人」という認識の仕方がなくなりつつあるのかも知れません。そのうち、「目の前にいる人に声で情報を伝えるより、遠くの人にテキストで情報を伝える方が楽」なんて奴が出てくるのかも。

昔と違って、本人に情報を伝えるのにゲートキーパーを突破する必要もなくなりましたから、目上の人と話すに相応しい言葉遣いと態度を身につけるとか、相手の顔色や声色を見るとか、人として成熟するために必要な技術を身につけられる機会が減りましたなぁ。昔は女の子に電話するなんて、清水の舞台から飛び降りるくらいの気合いが必要でしたけど。

そんな訳で、あまりネットが便利にならないことを密かに願っているオヤヂでした。

2012/02/04

これから「正義」の話をしよう

『これから「正義」の話をしよう』という本を今更ながら読みました。しかし、原題は『正義 - 正しい行いとは何か』という感じだと思うのですが、どこがどうなってこんなタイトルになるのか...


それはさておき、本の多くが正義に関するこれまでの考え方の解説に費やされ、中間部が異常なまでに長く、結論にたどり着くまでにたくさん読まなければならないのですが、結論は至ってシンプル。『正義と道徳を切り離すことはできない』ということだと私は解釈したのですが、とても保守的且つ普遍的な結論だと思います。最近はみんな得することばかり考えて、道徳って忘れ去られているよね。

道徳ということで、昔同じコミュニティに住んでいたある人のことを思い出しました。


子どもが小学生の時のことです。学校で友達と遊んでいるときに、ふざけて投げた棒が友達の頭に当たってしまった。幸い怪我もなく、当人同士は和解して事は済んだとのことですが、納得できなかったのが被害者のお母さん。親から詫びがないと激しく学校に苦情があったと先生から聞き、お詫びの電話を入れました。学校には相当激しく言ったようですが我々にはそれほどの剣幕ではありません。しかし決してこちらの詫びを受け入れて納得することはなく、「後で何か症状が出たら困る」等々、ねちねちと言い続けました。

更に事はこれでは収まらず、お詫びの電話を入れた後も学校にはお母さんから継続的に苦情があったとのことで、先生も弱り果て我が家に相談に訪れました。これ以上学校に迷惑を掛けては申し訳ないと、私が直接お詫びに伺うことになりました。

先方のマンションに向かいピンポーン。ご主人が出ていらっしゃいました。内心、「おぉ、これはラッキーだぜ。ご主人なら冷静に判断してくれるだろう」と思いきや、ご主人は「あぁ、私ではわからないので妻がいるときに来てくれませんか」と。その時は「はぁ?」と思いましたが、後でこのお母さんのことを聞いて、「あぁ、この人も被害者なんだ。しかも相当重症でもう戦う意欲も失っているのだ。」と思いました。

再度お母さんがご在宅の時に訪問し、深くお詫びをしてこの一件は済んだのですが、まぁ、我々に関していろいろなことをいろいろな人に吹聴していたようです。嫁は相当ダメージを受けていましたが、私は「そういう人の言うことを真に受けて聞くような人は所詮愚かな人だから気にするな」と嫁に言い続けました。

さて、このお母さんがどんな人なのか。こんな話をコミュニティのみんなが知っているということで、コミュニティがこの人をどう評価しているかがわかるというものですが。

相当早くにご結婚され、ご結婚以前に身ごもられたそうです。所謂できちゃった婚てやつですな。十数年前の不動産価格高騰時に小さな高級マンションをご購入され、それが相当自慢だったようですが、不動産価格下落後には広くてグレードの高いマンションが周辺で多く分譲され、それが面白くなかったようです。お子さんは相当自慢のようで学校一のおしゃれさん。子どもたちの話によれば、ご自宅の子ども部屋はおとぎの国のような仕様だったそうです。

仲のいい数人を除き、他の人には批判的で、「バカばかりの公立に子どもはやれない」と上のお子さんは名の通った東京の私立中学に上げました。他の子をバカと言う割には、ご本人は授業参観に来れば教室内で取り巻き数人とペチャクチャおしゃべり。どっちがバカなんだか。

下のお子さんはもっといい学校に入れようと、小学生の早いうちから某有名進学塾に通わせました。しかし、高いマンションのローン、上のお子さんの私立中学の授業料、下のお子さんの教育費と結構大変だったのでしょう、昼と夜でパートの掛け持ちをされていたようです。しばらくしたら、名の通った東京の私立高校に進学されていた上の娘さんも近所のファーストフード店でアルバイトを始めていました。コミュニティのみんなもあの一家に注目していたのでしょう、「あのうちの娘が○○でアルバイトしてるよ」という話が聞こえてくるようになりました。

苦労の甲斐あって、下のお子さんも東京の某有名私立中学に見事に合格。これを機に、我々にも平穏が訪れました。お引越しをされたんです。コミュニティから聞こえてきたご本人の話では、「下の子の学校が遠くて通うのに大変だから隣の市の親の実家に引っ越す」ということでした。上の娘さんは東京まで電車で通学させたのに、下の息子さんは東京まで通うのが遠くて大変だと...。誰も口には出しませんが、「遂に破綻したのだな」と。

今にして思えば、人の噂話や陰口に精を出したり、苦情が言えるチャンスがあれば執拗なまでに苦情を言ったり、人の過ちを決して許すことができなかったり、全て理想と現実のギャップから生じるストレスがそうさせていたのでしょうなぁ。先のご主人の応対から考えて、もうご主人にもお母さんの暴走を止める力はなく、この家庭はお母さんの意思で転がるしかなかったんだろうなと。因みに、下のお子さん、お勉強は大変よくできるとのことですが、周囲の子ども達の評判は、「悪知恵が働き裏表のある要領のいい奴」というものだったようです。この家庭で生き抜くうちに身に着けた能力だったのでしょう。

ここから学べることは、まずは自助努力が基本だということ。他人の暮らしを羨み妬んでいるだけでは決して向上はしない。何かを得たいと思うなら、持っている人を恨むのではなく自分が努力しなければいけません。そして、人間、身の丈に合った暮らしに満足することを知らなければいけません。持てるものに満足し平穏に暮らしていれば、他人を尊重すること、自分の過ちを認めること、他人の過ちを許すこと、といった道徳的価値観を受け入れることができると思うんですけどね。

これを他山の石として、俺も真人間になれるように頑張ろう。

しかし、今更こんな昔のこと書くなんて、俺もちっちぇえなぁ。

2012/01/25

商売と道徳観

昨日の朝は残雪で、駅への道は一苦労。しかし、駅前商店街まで来れば、商店主の皆さんが店の前の歩道の雪かきをしてくださっているので、こけないように気をつけることもなく、普段通りに歩けます。まったく、ありがたいことです。

きれいに除雪された商店街の歩道に、一か所だけ凍った残雪が残る場所が。何屋さんの前だと思います? キャバクラでーす。

普通の店は、店先の残雪など入店の妨げとなるものはことごとく排除し、日頃のご愛顧の恩返しとばかりに、雪かきなど地域社会のために貢献などをしてくれるものですが、キャバクラはやっぱり業態が違うもんな。

一般の商店とは異なり、行きたい人は借金してでも行くってことですよね。欲望に駆られたお客さんにとっては、店の前に積った雪などなんのその、おねえちゃんに突っ込むために借りまくった借金の山に較べたら軽いもんだってことですな。

結論は、キャバクラの人は店の前の歩道の雪かきをしてくれないってことです。

2012/01/09

連休最終日

あーぁ、3連休も遂に最終日か...。


どうやったら充実した一日が過ごせるかと考えている間に夕方になってしまい、後悔一杯の一日を終えることになるんだよな、今日も。

こんな休日の過ごし方が下手な男に長い休みはいらないな。

さーて、休日の楽しみ、立ち読みにでも出掛けるか(泣)。

2012/01/04

歳を重ねるってことは...

今日で年末年始休暇も終わり。今回の休暇はウイルス性胃腸炎に始まり胃の不調を抱えつつ終わるという感じで何もいいことなかったな。最後くらいは何か楽しいことをしたいと、嫁が掃除をしている隙に都会の片隅まで出かけてみました。


某有名雑貨店、家電量販店、大型書店などを一人楽しく回ってみたんですが、期待に反して買いたくなるようなものがない...

子どもたちが中途半端に大きくなり、先々お金がかかりそうなので支出に対する自制が無意識に働いているということもあるのだろうが、新年にあたり思ったことは「歳をとると欲しいものがなくなるんだな」と。

以前は結構買い物好きだと思っていたんですが、最近は本当に欲しいと思うものがないっす。お金の事情のほかに、家の中に溜まっていく不用品の山から、「無駄」という考え方を学んだんだろうなぁと。

今欲しいと思うのは本くらいのものですね。しかし、読む時間の確保のことを考えるとそう多くも買えない(泣)。本も溜まると重いしねぇ。

という訳で、物欲がなくなったら老人という話でした(爆)。

2011/11/05

ぎっくり腰

昨日の朝、洗面所で歯を磨いていたときのこと。


やや前屈みのポジションでいるときに突然咳が襲ってきました。「これはくる、ヤバイ。」 こういった事態に慣れている私、洗面台に手をついて身体を支え、咳のエネルギーを後方にすっと逃がしましたが、軽いぎっくり腰をやってしまいました。連休の谷間のさしてやる気も出ない金曜日。休んでしまおうかとも思ったのですが、ボス+同僚1名が休暇予定。これは私が出勤してオフィスを支えなければと、よたよた出勤しました。もうぎっくり腰も慣れたもの、身体の重心の位置を適正に保てば、問題なく歩けます。

そして、今朝、ぎっくり腰などに負けてられないと、ランニングウェアに着替えて出かけようとしたら、iPodが電池切れでNike+が起動せず。ロックをかけておかなかったために、どうやらカバンの中でずっと音楽を奏でていたようです。気合充分だったのにギアがついて来ず。結局、Nike+なしで近くの遊歩道をよたよたと3往復、7km強くらい走ってきました。ぎっくり腰の養生中だからいつもの半分くらいで勘弁したろかと。

オチがない話ですが、この辺で。


2011/10/21

伊東屋

今、批評書を読んでいるせいか、それとも寒くなって心が研ぎ澄まされてきたせいか、批判的精神が再び目覚めてきました。

今発売中の日経ビジネスアソシエ、手帳特集ということで、私も買ってみました。その中に手帳の達人とか文具関係者へのインタビュー企画があり、銀座に店を構える伊東屋の社長さんのインタビューが掲載されていました。ずいぶんお若く見える社長さんなんだなぁ。記事の中で、社長さんがこんなようなことをおっしゃっていました。

自分も商品開発のためのノートを持っていて、デザインを描いている。
商品開発部で却下されることもあり、社長だからといって意見がとおるわけではない。

いやぁ、私はこれを読んで3つの点で大いに「はぁ?」と思いましたねぇ。

1.伊東屋といえば数店舗を構える大企業。その経営の責任者である社長さんが商品開発をやっている? ちゃんとプロのデザイナーを雇ってるんだろうし、社長がすべき領域の仕事ではないから、社長がそんなことする必要ないんじゃないの? そんなことをする時間があるなら、社長としてもっと考えるべきことがあるんじゃないの? それとも遊びでやってるわけ?

2.えっ、経営者である社長のご意向を商品開発部の従業員が却下するわけ? どういう価値観で成り立っている会社なの? 社長より従業員の方が権限を持っているの?

3.社長さん、遊び心で商品開発やったっていいんだよ、別に。でも、それを社外に向けて発信する必要あるの? しかも自分の意向が商品開発部の従業員に潰されるなんてことまで。

1.について、「不必要な面倒事はしない」、「なるべく少ない手間で最大の効果」、「労働時間はなるべく短く」を座右の銘とするプロのサラリーマンとしては、アマチュアがプロの領域に踏み込むのはどうかと思いますね。社長は究極的には全てに責任を負うのではあるけど、商品開発のためにプロのデザイナーさんを雇ってるんでしょ。自分の領域を侵されるデザイナーさんにしてみれば鬱陶しいだろうね。社長は自分がプロとして生きるべき経営に専念してりゃいいんだよ。他人の領域を侵す奴に限って本業でのプロ意識が足りなかったりするよね。商品開発部の従業員だって、社長の考えた商品を却下することにストレス感じてると思うよ。社長が余計なことしなければ、みんなハッピーに働けるのにね。

もっと言うとさ、最近は「出来る人がやればいい」的風潮もあるけど、こんなことしたら、仕事は優秀な数人に集まってしまい、何もできないやつはフリーライダーになっちまう。中には喜んでタダ乗りしてる奴もいるんだろうけど、居心地の悪い思いをしながらタダ乗りにならざるを得ない奴もいると思うんだよね。やはり、やるべき人がやるべきことをする世の中にして、みんなに仕事を渡した方がいいと思うよ。罪悪感を感じながらタダ乗りせざるを得ない状況になっちゃってる人とか、心が病んでしまうんじゃないかなぁ。

2.については、あんたの会社ではプロフェッショナリズムと地位のどちらが優先されてるんですかってこと。プロフェッショナリズムが優先されているなら、アマチュアの社長がデザインの領域に入り込んでくるのはいけないことだし、地位が優先されているなら社長の意向を従業員が却下するなどということがあってはいけない。この会社の価値観ってわからないよねぇ。社長と約束しても、社に持ち帰ったら従業員にひっくり返されるてんじゃ、安心して取引できないよ。

3.はさ、社内で別になにしてたっていいんですよ、所詮他人の会社だし。でも、うちはこんなデタラメな会社ですって外に言う必要ないよね。外からの見え方にみんなが気を使っているこの時代に、こんなことを公言するとは、センスのない人だなぁって思います。

見た目をお若そうだし、フランクな感じのする外見でしたが、従業員も消費者も取引先もみんな自分の友達という感覚で見ているように思えてならない。

2011/07/11

F1

今朝も暑いなぁとうだる車内でいつものようにpodcastを聴いていたら、今朝は心がときめくような話題が。

皆さん、F1て好きですかねぇ。私は子どもの頃からF1好き。ニキ・ラウダが現役で走ってるころからテレビでレースを見てますからね。最近はすっかり関心が無くなってしまいましたが、それもこのおっさんがpodcastで言っていることに原因があるのかなと。

この週末はイギリスのシルバーストンでF1のレースが行われたようで、BBCのpodcastもF1の話題。ガーディアン紙のスポーツ部門の編集長といういかにも固そうなおっさんがでてきて、キャスターのおねえさん相手にF1のことを語っていました。

おっさん曰く、

50-60年代のレースでは、車もエンジンもチームによってバラバラだったので、チームによって排気音が大きく違っていたものです(高級紙の編集長なので語尾は固めにしてみました)。エンジンは、12気筒、10気筒、8気筒、6気筒などいろいろあり、12気筒エンジンを積んでいたフェラーリの排気音は甲高いものでした。いろいろな排気音があったので、まるでオーケストラが奏でる不協和音のように聞こえたものです。

と、ここで50年代末のレースの音を放送。

うんうん、確かに、フェラーリらしき高音から○○様ご用達極太マフラーっぽい低音まで、バラバラに鳴り響いてるよ。

50年代末のレースの音を聴きながら、キャスターのおねえさん曰く、

本当にエンジン音が違うわね。排気音聴いただけでどのチームのエンジンかわかる?...と激しい突っ込み。編集長曰く「さすがにそれは...」

じゃあ今度は最近のレースの音を聴いてみましょうと、90年代半ばの音。

おねえさん曰く、確かにみんな同じように聞こえるわね。

コスト削減のために各チームが気筒数が同じエンジンを使うようになったから、みんな同じ音なんだとおっさん。さらに、そのうちみんな6気筒のエンジンになっちゃうだろうねと寂しいことを...。

確かに昔はフェラーリの12気筒あり、フォードの8気筒あり、1.5リットルのターボ付きありと、みんなバラバラだったよね。仕様の効率とチームの財力と根性に応じて、最適なシステムを選択するという自由度があって面白かった。子どもにとっては、各チームのエンジンスペックを調べて覚えるというのも楽しみだったし。

現在のレギュレーションというのは、公平性の確保というよりも、夢とロマンのF1が商業主義に陥った結果なんだろうなぁと思います。レースには、メーカーの名誉や宣伝という目的の他に、技術開発、開発技術の市販車へのフィードバックという重要な使命もあったはず。市場の競争では、「スカイラインは強力なエンジン積んでるからカローラより速くてずるい、スカイラインにリミッターつけろ」なんて議論はないわけで、レースも同じなんじゃないかなぁ。

「公平に戦って勝った○○ちゃんはえらいねー」なんて幼稚園児のようなレースではなく、技術と根性と財力をつぎ込んで開発した美しいマシンによる胸躍るようなレースが見たいっす。

件のpodcastはこちらです。

http://downloads.bbc.co.uk/podcasts/radio4/today/today_20110709-0956a.mp3

2011/06/27

外国人観光客

今朝のこと、超混み混みの地下鉄に、観光客らしい外国人集団が乗り込んできた。

日本のラッシュアワーには慣れていない様子。さらに、人が密着することに慣れていないのと、知り合いと密着するのはイヤなのだろう(その気持ちはよくわかる)、彼らの周囲は妙に人口密度が低く、こっちはそのツケで圧力が異様に高まってる。満員電車ビギナーだし、折角の遠方からのお客さんだから、そのあたりは不問としてやろう。

私は、乗り換え駅の上野で、ホームの階段がちょうど降り口の前に来る車両に乗っている。そんな訳で、私の乗っている車両で上野駅で降りる人は多い。戸口近くの人は、降りる降りないに関らず、一度外に出て降りる人を降ろすというのがマナー。そんな訳で、普段は上野駅での降車は割とスムーズ。

しかし、今日は違った。この外国人観光客集団が降り口をブロックしていたのだ。中の人は降りようとグイグイ押すものの、外国人も降ろされまいと頑張っているものだから誰も降りられない。まぁ、そうだよな。言葉が通じず、状況が把握できない状態でそんな目にあったら、俺も降ろされまいと頑張ると思うよ。全く悪気はなく、日本の習慣になれていないのと、日本語ができないから「一度降りろ」という駅員の指示が理解できないだけ。

英語で簡単なインストラクションをしてあげたかったけど、日本人同士ですら電車内で会話をする文化のない東京の地下鉄、他の乗客の面前で外国人に英語で指示を与えるのは、内気な私にはちょっとハードルが高かった。

結局、圧力に負けて彼らは一度降り、事なきを得たんだけど、こういうときにコミュニケーションできる勇気が欲しいなと思いました。

外国で困ってるそぶりを見せると、多くの人は現地語+身振りで教えてくれようとするもんな。観光庁はまず、観光業に関らない一般的日本人のホスピタリティー+コミュニケーション力を改善する取り組みをした方がいいと思います。改善というのは、能力を伸ばすことばかりでなく、既に持っている能力を発揮しやすい環境づくりも含めて。

今朝のことは、俺が勇気だせば済んだことなんだけどね。

2011/06/17

残念な昼食

午前中に大手町での会合を終え、オフィスへの帰り道。
たまには都会でうまいものでも食っていくかと。
しかし、大手町なんていうアップタウンには地の利がなく、どこに行けば何が食えるやらさっぱりわからず。
しかも雨が降っているのであまり地上を歩きまわりたくはない。
東京駅に行けば何かあるだろうと、歩いて東京駅八重洲地下街へ。

都会でうまいものを食べようと思ったら、やっぱりお金を出さないとダメだね。
テナント料、人件費が高いから、ベースラインが高いんだから、うまいものは高いのが当然。

リーズナブルな値段でそこそこ繁盛しているラーメン屋があったので入ってみた。
ラーメンは、安くてもうまい店があるので、ここはどうなんだと。      ダメだった...。
多分、「周囲の店より安い」という魅力だけで、サラリーマンを惹きつけている店だったのだろう。
それでもオフィスの近くのラーメン屋のラーメンより120円も高かったけどな。

都会に安くてうまいものなし

2011/06/02

石油王

先週のテキサス出張、子どもたちへのお土産にはテキサス印のキーホルダーを買ってきました。

重量感のある金属製で、"I love TEXAS"なんて書いてあるくせに、裏には"Made in
China"のシールが...。それでも$4.99もする立派なものです。

長男はさっそく、普段使っているペンケースにつけてくれたようです。

昨日のこと、長男が

「とーさん、ペンケースにつけていた"I love TEXAS"のキーホルダー、クラスの奴に気づかれたよ」と

どうしたのか → 親父の出張のお土産 という会話を経て、親父の仕事は何なのかという話になったそうです。

テキサスに出張と聞いて思いつくといったら、牛肉の買い付けか石油掘りってとこなんでしょうかね〜。

めでたく私は「石油王」ということになったそうです(笑)。

いーよなー、石油王。

俺もなりてーっ!

2011/05/29

アメリカ

この間、4回目のテキサス出張から帰ってきたわけですが、何度かアメリカを訪れているうちに、だんだんアメリカが好きになってきたような気がします。


私が始めて海外に降り立ったのは、パリのシャルルドゴール空港、23年前のことでした。大学の卒業旅行ということで、友人と二人、有り金1300ドルで1ヵ月間ヨーロッパ放浪という旅をしました。ヨーロッパは駅前に行けばどこか泊まれるところがあるし、泊まるところが見つからなければ夜行列車に乗ればいいし、長距離・短距離の公共交通機関が整備されているので、旅行者にとっては快適な場所でした。

それ以来、仕事で何度も海外に行かされ、アジア、ヨーロッパ、中東、果てはアフリカまで含む26カ国に足を踏み入れているというのに、今の仕事に携わるまで、アメリカには1回しか行ったことがありませんでした。カタールには2回行ったことがあるのに、アメリカには1回しかいったことがない奴ってきっと珍しいと思います。

昔から、自由でカオス的なイメージのあるアメリカよりは、歴史と伝等に裏打ちされ整然としたヨーロッパの方が好きだったのですが、最初に訪れたアメリカを訪れた時、①街の中心がどこにあるのかわからない、②車がないとどこにも行けず旅行者にとっては不便、という悪い印象を持ってしまったので、ますますアメリカが嫌いになってしまいました。それと、外国で出会ってもひと目でアメリカ人とわかる彼らの同化しない行動様式が鼻につくというのもありました。

そんな訳でこれまで私用で行った唯一の海外旅行である新婚旅行もヨーロッパだったし(爆)。

ところが、この間の出張を終えていろいろなことを考えてみると、そんなにいやなところではないかもなと思えてきました。

どこで出会ってもアメリカ人とわかる個性の強さは自分がどこにいても自分のアイデンティティを失わない強さなのだろうし、王様が国を作ったヨーロッパと違って、移民が自主独立の精神で国を作ったアメリカで公共交通網が発達していないのも理解できる気がします。移動するなら自分で幌馬車(今なら車)を運転して移動すればいいじゃんってことなんだろうな。それに、国土が広大で人が住まない地域もあるから、日本やヨーロッパみたいな密度の高い公共国通網はいらないんだろうな。

さらに、寄せ集め国家故か、異質なものを受け入れる度量が高い気がします。「ふん、お前はフランス語をしゃべらないのか」という態度のフランス人と違い、英語が変でも相手が何を欲しているのか理解しようとする努力が見られます。。帰りに空港まで送ってもらったタクシーの運転手、わかりにくい変な英語しゃべるなぁと思っていたら、運転中にかかってきた携帯にはスペイン語で対応。ここはテキサス、メキシコ移民が多いんだよねぇ。要は、変な英語しゃべる運転手もちゃんと社会に溶け込んで生きてるってこと。

国内・海外を問わず人とのコミュニケーションが苦手な自分は、今までアメリカが嫌いなのではなくて怖くて逃げていたのではないかという気がしてきました。

実はアメリカというのは、私にとって越えなければならない山だったのかも知れません。

12月のテキサス出張が楽しみです。

2011/05/26

お土産買った

こちらは5月25日の午後4時半頃です。


今日の午前中のミーティングでテキサスでの任務を完了し、やっと帰れることになりました。たった6日間の出張なので、「やっと」などというほど大変なわけではありませんが、仕事と会食以外は一人で過ごす6日間というのは結構疲れるものです。

帰るとなるといつも困るのがお土産です。基本的に買い物は苦手、お土産なんて空港で適当に買って帰ればいいという考えの持ち主ですが、こちらテキサスの空港にはあまり店がなく、おまけにろくなものを売っていないということをこれまでのテキサス出張で学んでいます。となると、街中で何か調達しなければならない。今日の午後は何も予定がなく、お土産を買いに行けと言わんばかりのスケジュール。と言うわけで、暑い最中出かけてきました。

まずは、昨日もいった巨大ショッピングモールに行き暫く散策してみましたが、ブランド品に興味はなく、服飾品にも興味がないので、今ひとつ買いたいものがありません。かといって手ぶらでは帰れない。あっ、そうだ、おとといの午前4時にコーラとアイスを買いに行ったファーマシーに何かあるんじゃないかと思いつき、行ってみました。ファーマシーとはいっても店の路線としては、日本で言えばサンドラッグの品揃えをもっと豊富にした感じのドラッグストア。いろいろありますがな。

会社にお土産として持っていくチョコレートは普段は空港でお高めのものを買っていますが、この店にも箱入りのチョコレートがあったので、これでいいやと調達。家族用ビーフジャーキーは、テキサスに来たときはいつも買う3ドルのやつがなくて、お値段は倍の6ドル。この暑い最中、3ドルのやつを探しに行くのは面倒なので、諦めて購入。子供たちにはテキサス印のキーホルダーを購入。この際ついでだと、今夜の晩酌のお酒、つまみ、夕食も購入。そんなこんなをしていたら、合計金額が80ドルになりました。アメリカ人は何でも大量買いというイメージがありますが、ファーマシーでこんなに沢山買う人はそういないんでしょう。レジで店員さんに「こんなに沢山買ってくれてありがとうございます」的なことを言われました。

空港でお土産を買うと買った品物は機内持ち込みの手荷物になってしまいますが、今回街中で調達したお土産はき内預けのスーツケースに入れてしまうので、帰りの荷物が少なくて楽だぁ~。

しかしひとつ残念なことが。スーパーやドラックストアで売ってるビールって、大体6本パックなんですよね。今夜一晩で6本も飲めるはずはなく、泣く泣くワインのミニボトルを買いました。夜の会食ではワインを飲むことが多いので、一人で気楽な最後の晩くらい、ぐびぐびっとビールを飲みたかったなぁ。

2011/05/25

ヘンな日本語

5ヵ月ぶりにテキサスに出張に来ています。


いつもは郊外の退屈だけど安全なエリアに宿泊するのですが、今回はいつものホテルが取れず、ちょっと賑やかなところに宿泊していますので、身の安全など、やや緊張感を持って日々過ごしています。通りの向こうには自称「アメリカで4番目に大きい」ショッピングモールがあります。買い物にはほとんど興味はありませんが、涼しく歩き回れるので、空き時間を潰すという点では便利です。いつものホテルだと、人気のない運河沿いを散歩するしかなかったからなぁ。

さて、今日の空き時間、件のショッピングモールに行ってきました。日本語がはやっている訳ではないのでしょうが、日本語の漢字が書かれたTシャツを着た人を見かけました。着ているご本人が言葉の意味を知っているのかどうなのか定かではありませんが、Tシャツの脇腹部分に縦書きで「生活」と書かれていました。はぁ? 何で生活なんて書いてあるの? と思いましたが、日本人だって意味不明な英語の書かれたTシャツを着て街中を歩いている訳ですから、お互い様か。。。

しかし、こちらは刺青をしてる人も多い。ショッピングモールからの帰り道、荷物を店に搬入している若者集団とすれ違いましたが、そのうちの一人が極めて面積の小さいタンクトップを着ていたため、両肩に入れた日本語の刺青が丸見え。なんて書いてあったかというと、左肩に「生命」、右肩に「死亡」。意味わかってんのかなぁ。そんな文字を一生肩に彫りこんだまま生きていけるのかなぁ。

2011/05/19

ツイッターには気をつけて

今朝もいつもの満員電車。

例によって、どんなに車内が混んでいても肘で隙間をつくって携帯にかじりついている奴がいる。

多くの人は、画面が他人の目に触れるのを多少は気にしながら携帯をいじっていますが、今朝のこいつは違った...。

今朝はいつもの混雑に輪をかけた混雑振りで本当にすごくて、乗客の密着度がすごく高い。こんな状況下、たいていの携帯野郎は、画面の防御ができなくなることと物理的に携帯を広げる場所がなくなることから、おとなしく携帯の使用を断念する。しかし、こいつは...画面が私の目の前に来ているのにも構わず、私が「お前あっち行けよ、画面が見えてるぞ」と言わんばかりに押しているのにも気づかず、私の目の前でツイッターの投稿を入力して送信っ!

こちらに見る気がなくても、投稿した文章、丸見えですよ。丸見えっていうか、強制的に見せられているって感じ。

変な文章なんだよ、これが。私の生活圏の地平線の向こうにあるような言葉が並んでいて、脳味噌にくっきりと刻まれるような文章なんだな。興味湧くよね~。後でググってみました。

ぷぷぷーって感じ。

ああいう外見の人が、こんなアイコン使って、こんなプロフィールとこんなツイートを書いているのかと...。

リアル世界では言えないことを、仮想キャラを使って発言することで、精神的バランスを保っているんだろうなぁ。もうだめだ、あの人の外見とツイートを思い浮かべるたびに、笑いをこらえるのが大変だ。

人に迷惑かけなけりゃ何したっていいよ。でもね、意外性のありすぎる仮想生活が暴かれて信用を失うことのないように、気をつけた方がいいと思うよ。

混みあった電車で人をかき分けてスペースを作り人の目の前でそんなおもしろすぎるツイートなんかしていないで、電車が駅についてからホームで人目を忍んでゆっくりやればいいじゃん。

だから俺は前から満員電車の中で携帯とかゲームをするのをやめろって言ってんだよ。俺は自分が読んでる本のタイトルを見られるのも恥ずかしいくらいだから、現実とのギャップのありすぎる仮想キャラツイートを人の目の前でやる輩の気持ちはわからん。

でも、マインドセットを仮想キャラに切り替えた時はますますリアル世界が見えなくなって、こんでようが何だろうが今すぐツイートしたくなっちゃうのかな。

2011/05/17

女性検診中

昼休み、通りを歩いていたら、路肩に駐車した検診者に「女性検診中」という札が下がっていました。

検診車は出入り口、窓など、下界と繋がっているところは全て厚いカーテンで遮断されているので、そんな心配は要らないのでしょうが、検診車との距離を充分にとり、首を真っすぐ前に固定したまま、静かに通り過ぎました。あんな札がかかってたら、小市民は緊張しますわな。

しかし、わざわざ「女性検診中」なんて知らしめる必要があるのかしら。却って不心得者の関心を引くなんてことはないのかな。私が女性だったら、そんなものを張り出して「あぁ、女性がこの中で検診を受けているのか」などと世間の注目を集めることなく、誰にも気づかれないうちにささっとやっちまって欲しいと思うだろうなぁと思いますが、女性になることはできないのでわかりません。

検診車内部の様子の情報を開示するこの札には、「みんな、今この中で女性が検診を受けているってわかってるよね。覗いたりしたら大変なことになるよ。『じょっ女性がいるなんて知らなかったんだよ』なんて言い訳は通用しないからね。即逮捕ね。」という見えない文字が書かれているようでどうも気持ちが悪い。「情報開示」せずに覗き事件が起こった場合の管理者責任を回避するため、「情報開示」することにより情報受領者の責任に転嫁しているんだろうなぁ...

なんて書いているうちに、単に、「女性の検診中に男性の受検車が間違って入ってくることを防ぐ」ことが目的なのかなと思い至りました。きっとそうなんだろうな。

ところで、情報開示といえば、先の原発事故では政府や東電が情報開示が足りないと世間様からお叱りを受けていましたなぁ。昔なら、「みなさんは説明内容を理解するだけの専門知識をお持ちではないし、説明内容が誤って伝わって要らぬ不安やパニックを招いてはいけないので、全てこちらで適切に処理しますのでご安心ください」という対応が結構通っていたし、お上に従うことに慣れている日本人も「よくわからねぇけど、とにかくうまくやってくれよな」と対処していた気がします。最近は海の向こうからアカウンタビリティという概念が入ってきたので、猫も杓子も情報開示の連呼です。

まぁ、事が公共の健康と安全に関ることなので、情報開示を求めることは当然だと思いますし、私も反対ではありません。しかし、私が違和感を抱くのは、情報開示を受けた側のその後の対応。相手が誤魔化していた場合、相手の不適切な対応を責めることは当然だと思いますが、相手が知り得る限りの情報を真摯に開示した場合、情報を開示された側にも情報を受け取った責任が生じると思うんですよね。例えば、原発事故後の各地の客観的な放射線量が開示された場合、その値をどう考え、どう行動するかは情報開示を受けた側の責任だと思う訳です。政府の方針に従うも、遠くへ非難するも、どちらにするかという判断は自己責任。

情報開示しろ、情報開示しろ、と散々騒いだ上で、情報開示を受けたら受けたで、俺たちはどうしたらいいのか教えろ、政府は何をやってるんだ、東電はちゃんとやってるのか、と文句を繰り返すようでは、情報開示する側は情報開示するメリットを受けられない(情報開示することによりますます叩かれるだけ)ので、積極的に情報開示をする姿勢にはならないよね。

他人に情報を要求する以上、受け取った情報を使って自分で考える努力もしましょう。