以前、新聞の書評で取り上げられていたことがきっかけで読んでみました。
2012/02/26
陽だまりの彼女
2012/02/04
これから「正義」の話をしよう
『これから「正義」の話をしよう』という本を今更ながら読みました。しかし、原題は『正義 - 正しい行いとは何か』という感じだと思うのですが、どこがどうなってこんなタイトルになるのか...
2011/10/09
ゼロ年代の想像力
たまには固い本でも読んでみるかと評論本を買ってみたが、大当たり。
2011/02/04
1Q84
先週末に1Q84を読み終わりました。
相変わらず、言葉の使い方がうまいよね、村上氏は。私の心の中にいつまでも残るであろうと思われる表現は「まだ文字が彫られていない石版のような沈黙」という言葉。言葉を伝えるという石板の役目が果たされていない気まずさと、石という素材の重量感を伴った沈黙であることが伝わってくる素晴らしい表現だと思います。どういう生活をしたらこういう表現が思い浮かぶようになるんだろう。心に何かを感じながら物や人を見るということが大事なんだろうなぁ。
こんな素晴らしい表現が満載の1Q84ですが、結末の表現は意外とストレートなんだよなぁ。青豆さんにどうだったかと聞かれた天吾くんが「夢のよう」とかなんとか言うんだけど。すごくリアルだし、人生の同じような場面で誰でも一度は口にしそうな表現。
この表現の格差の裏には、小松さんの「二つの月がそらに浮かぶ光景を見たことのある読者はいない」という言葉があるんだろうと思います。天吾くんが対面した沈黙は、読者の誰もが対面する沈黙ではないので、それを緻密に表現しないと伝わらない。一方、最後の場面は読者の多くが体験し得る状況なので、余計な言葉で飾るよりストレートに表現した方が読者の体験と重なってよく伝わるということなんだと思う。
読後感としては、他の村上氏の作品同様、よくわからない。不思議な感じだけが残る。3巻にも及ぶ物語は不要であったようにも思えるし、必然であったようにも思える。
ただ、長い人生を生きてきたおっさんとして思ったこと。夢はいつか覚めて夢のまま終わってしまうことがある。他方、夢が現実に変わり日常化することもある。前者の場合、夢を追い求める気持ちだけが残って辛い一方、後者の場合は夢を手にするが陳腐化してもはや夢ではなくなってしまう。どちらがいいのかよくわからない。一番いいのは、夢が現実に変わってからも夢を見ていた時の喜びを噛みしめ続けること。だけどそれが一番難しい。
2010/03/02
アルケミスト
「星の巡礼」に引き続き、昨日「アルケミスト」を読み終わりました。
主題は「星の巡礼」を似たりよったりですが、世界で売れまくっただけあって、いいお話だと思います。
世界では、「星の王子様」に匹敵するとの評価を受けているとか。
今朝から、「ピエドラ川のほとりで私は泣いた」を読み始めています。
「ベロニカは死ぬことにした」から立て続けで4冊め。
こういうのを「はまっている」というのでしょうか。おっさんの私はあまり使わない言葉ですが。
昨夜、長男に「アルケミスト読むか」と声をかけたところ、長男は「錬金術師...」とつぶやいた後、読んでみると、本を受取ました。素直に親の勧めを受け入れるとは、珍しいことだ。
どうやら、タイトルが長男の気を惹いたようです。
ついでに、「星の巡礼もいい話だから読むか」とすすめたところ、それも読むと。
この年齢に達したからこそ、彼の作品の良さがわかるのかも知れませんが、是非若者に読んでもらいたい本だと思います。
2010/02/20
「星の巡礼」完了
昨日の帰りの電車の中で、「星の巡礼」を読み始めました。
解説を読んで改めて、「これは実話である」ということを認識したわけですが、人生に教訓を与える貴重な旅だったように思います。
旅人がそれを日記として出版してくれることで、我々もそれを追体験できるということは、素晴らしいことです。
印象に残った言葉
「船は港にいるときが最も安全であるが、それは船の作られた目的ではない」
これは、私の「人間が生きる目的は長生きすることではない」という持論と同じ趣旨を述べていると思いますが、改めて「そうなんだよなぁ」と実感した次第です。
常日頃、酒は飲むはタバコは吸うはと、長生きからは縁遠い生活を送っていますが(そういうことを言っている訳ではありませんね)、「寿命を縮めてでも人が成し遂げるべきことを俺はしようとしているか」、とやや反省。
もう一つ心に残った言葉は、「良い戦い」。
そう、人生は戦いの連続なのだ!
2010/02/13
星の巡礼
ブックオフで見つけた「ベロニカは死ぬことにした」という本が面白かったので、パウロ・コエーリョという作家の本をもう一冊買ってみました。
今度は「星の巡礼」という本です。
まだ2冊めを読んでいるところなので断定的なことは言えませんが、この人の本は人の精神世界の深いところをうまく言葉で表現しているように思います。
「人が常日頃感じているんだけどうまく言葉にできないあの感じ」とか、「本当はそれを認識し認めているんだけどそれを認めることが罪のように感じられ、自分がそれを認めていることを認められないという感情」といったものの存在を白日の下にさらし、言葉でうまく表現しているように感じられ、読んでいるうちに、心に引っかかっていた胆石が溶かされていくような気分になりました。
途中で、生きたまま埋葬される様を想像する修行というのが出てきますが、それは死を友達として受け入れるための修行。
死を受け入れることにより死が恐怖ではなくなり、さらに死が訪れたときにやり残したことがないように、日々をしっかり生きることに目覚めるという効果があるようです。
確かに、死を意識するからこそ、日々の生きがいがあるのかも知れません。
早く次の作品を読んでみたい。
2009/07/12
納棺夫日記 その2
おもしろいと言えばおもしろい、辛いと言えば辛い、そんな本でしたね。
読み始めた当初から、凛とした空気感を感じていましたので、納棺にまつわるエピソードを面白おかしく書いて終わるなんてことはないだろうと、予感はしていました。
エピソードの紹介はほどほど且つ必要最小限に押さえ、作者の考え方の表明が中心に据えられたいい本だと思います。
しかし、難解(宗教用語が多くて)。
それと、途中からテーマがややぶれているような気がしないでもない。
親鸞の理論の飛躍の下りの説明にちょっと力を入れすぎていて、本来伝えたかったテーマが薄まってしまっているきらいもなきにしもあらず。
偶然、並行して読んでいた「タイム・シフティング」という本にも、「人間は死を意識することにより生が輝く」的なことが書かれていて、これは普遍性のあるテーマなんだなと改めて考えました。
2009/07/03
納棺夫日記
映画「おくりびと」のきっかけとなった本があるそうです。
「納棺夫日記」
いつも読んでいる「Blog For Musician」というブログで紹介されているのを見て、今朝から読み始めました。
最近、ハウツー本や自己啓発本ばかり読んでいたので、久々の文学作品です。
今朝電車の中で読み始めたばかり、ほんのさわりも読んでいませんので感想を述べたり善し悪しを判断することはできませんが、世の中に氾濫する売れ筋本とは空気感が違う感じがします。本に対して「空気感」というのも変な話なんですが、心に余裕を持って生きている人の回りにある空気っていうのかなぁ、そんなものを感じます。
それに、ビジネス本などと違って、プロの物書きが書いた文章は柔らかく、わかりやすく、頭に入りやすい。これならサクサク読んでしまいそうです。
考えさせられる内容のようなので、この」先が楽しみです。
2009/06/18
エンタメ通訳
通訳者というとお堅いイメージを連想しますよね。
私がこれまでに仕事などでお会いした通訳の方々も、仕事においては自分を透明にして、右の言葉を左へ、左の言葉を右へと機械のように通訳するキリッとした方が多かったように思います。
最近、「エンタメ通訳の聞き方・話し方」という本を読んでいます。これも、週末の新聞の書評欄で見つけた本ですが、読むと通訳者のイメージが覆るなかなか面白い本です。まだ読んでる途中ですが。
エンタメ通訳とは、エンターテインメント関係の通訳、例えば来日したスターのツアーに同行して通訳したり、インタビューの通訳をしたりといったお仕事をする方のようです。
会議における通訳者というのは全くの第三者で、「私は私の仕事をしたら帰りますよ」という雰囲気の方が多い(仕事柄、そのような雰囲気がするのは当たり前ですが)ようにお見受けしますが、これを読むと、エンタメ通訳というのは完全に当事者の一員ですね。時には自分を透明にし、時にはスタッフの一員のように振る舞い、好きでなければできないお仕事ですね。
仕事をするに当たっての著者のモットーや心づかいが非常によくわかり、生きていく上でとても参考になる本だと思います。それに、ところどころにスターのこぼれ話が実名で書かれているので、読み物としても面白いと思います。
「エンタメ通訳の聞き方・話し方」なんてタイトルなのに、英語学の話はまったく出てきません。
2009/06/01
「瀕死の双六問屋」だっけ?
昨日、忌野清志郎さんの本を買ってみました。
特に彼のファンという訳ではありません(かといって悪意も持っていません)が、新聞の書評欄で取り上げられていて、彼の表現するコミュニケーション論が面白いと思ったので、本屋に行ったついでに買ってみました。
難しいです。一見はちゃめちゃな文章から彼の真意を汲み取るのは。例えて言えば、ギターマガジンに連載しているイースタンユースのギターの人が書く文章に感じが似ているかな、どちらが元祖かはわかりませんが。いや、清志郎さんの方が情熱的で元気がでるか。
でも、情念的でなかなか真意がわからない。ひょっとして、メタファとして語られている言葉そのものが、言葉どおりの意味を持っているのか?
清志郎さんと同じ土俵に立たないと、わからないんだろうなぁ。
2009/03/12
自助論
書くネタがないので、またまた本の話題。
今、サミュエル・スマイルズの「自助論」という本を読んでいます。この本は「10年後あなたの本棚に残るビジネス書100」でお勧め本になっていたので、今頃本屋に行けば平台に山積みで売られているのではないかと思います。私も平台に山積みになって売られているのを見つけて買ったんですが...。
1858年に出版されて以来、長い間読み継がれているだけあって、率直に良い本だと思います。勤勉であるべきことや時間を浪費しないことをストレートに説得してくるので、性根を叩き直される感じですかね。
それに、訳文がまた読みやすくていいんです。翻訳は、東大名誉教授の竹内均さんですが、最近の翻訳にありがちな何を言っているのかよくわからない難解な文章ではなく、正しく自然な日本語で訳されているので、結構速く読めます。
意外と早く読み終わりそうだから、次の本を物色しておかないと。
2009/02/24
モモ その2
天気予報を見ると、今週はずっと曇りや雨のようですね。花粉症の人にとっては花粉の量が減っていいのかもしれませんが、こちとら花粉には反応しない原始人。窓から差し込む陽光を受けて、明るく過ごしたいものです。
今日はこれと言って書くネタがないので、先週読み終わった「モモ」の読後感でも。
なかなか深イイ本でした。読後すかさず「いい話だから読め」と次男に渡しましたが、次男の趣味には合わないのか、部屋の隅に放っておかれています(泣)。
時を司るおじいさんの家への行き方とか、おじいさんの言葉とか、時に関するメタファーが随所に織り込まれた、児童文学にしておくのはもったいない作品です。いやいや、子供が読む本だからこそ、素晴らしい作品でないといけないのでしょう。「時」を物語の中心に据えつつも、人間の利己心など、現代人が身に着けてしまった余計なものに対する批判もあり、中身は結構高度です。灰色の男が自滅する場面など、人間の利己的な争いの様子がよく描けていて、う〜んと唸らされます。
時の流れを感じ、時の流れを楽しむということは、先のことを考えて焦るのではなく、目の前にある課題にじっくり取り組み、今自分が置かれている時を充分に感じるということなんでしょう。それは自分を取り戻すことにも通じます。これって、子供だけでなく、大人の生き方にもあてはまることだと思います。
目的地がわからぬまま、虚無感を抱えてひたすら高速で飛ばす日々におさらばしなければ。
2009/02/18
モモ
これといって書くことがないので、今読んでいる本の紹介でも。
今は、岩波少年文庫から出ている「モモ」(ミヒャエル・エンデ)という本を読んでいます。岩波少年文庫??? はい、小学校5・6年生向きの児童文学です。ときどき挿絵が入っていて、文章中の漢字は少ないし、出てくる漢字にはすべてルビが振られているので、正直、ちょっと読みにくいです。
どうしてこんな本を買ったのか。例のビジネス書を紹介する雑誌に紹介されていたからです。それに、アマゾンでのレビューも評価が高かったので、読んでみるかと購入した訳です。児童文学なら長男や次男も読めるしね。ちなみに、この本はブックオフではなく、新品で購入しました(800円程度でしたから)。
まだ、半分くらいしか読んでいませんが、大人が読んでもいい本だと思います。特に、時間に追われて回りが見えず生き急いでいる人は、今すぐ読んだほうがいいと思います。私などは、人と話していても、聞きたいことを早く言って欲しくてイライラしたり、自分の聞きたい部分しか聞いていなかったりすることがあるので、時間を浪費(気忙しい人の価値観で言えばということですが)することの意義がわかったような気がします。
早く読み終わって次男に回してやろう...おっといけない、ゆっくり味わって読んでから次男に回してやろう。
2009/02/08
ユダヤ人大富豪の教え
2009/01/31
雨の日は本を読む
昨日からの雨が今朝も止まず、走れません。先週の日曜日は法事で走る距離を延ばせなかったので、今日のランニングで月間走行距離100km突破を目論んでいたのに、この雨ではねぇ。1月の月間走行距離は99kmで終わってしまいました(泣)。
こんな日は英語でも勉強するかと、朝からI know!に取り組み、中途半場に残っていた課題をガガガッと片付け、4つめのコースを完了させました。しかし、歳をとると物覚えが悪くなり、学習したはずの英単語が頭に残らず、悲しくなります。でも、諦めて勉強すらしなかったら、もっと悲惨な状況に陥るんだろうなぁということで、「現状維持」を目標にゆるく続けて行きたいと思います。
さて、この間、暇に飽かして「10年後あなたの本棚に残るビジネス書100」というムック本を買ってみました。これでも私、若い頃はなかなかの読書家、本だけは金に糸目をつけずに買っていました。通勤電車では常に本を読み、途中で読み終わってしまうと通勤途上で次の本を買うくらいのチェーン読書家。
しかし、今は通勤の時間は英語の勉強に充てていますし、他にやりたいことややらなければならないことも多くてなかなか読書に充てる時間がとれません。それに、いろいろ物入りなことも増えたので本にお金を回す余裕がなくなってきました。
本をあまり読まなくなったせいか、最近、読む力の衰えを感じるんですよね。昔は、新聞でも何でもささっと読めば大体頭に入ったのに、今ではじっくり読まないと頭の中に納まりません。書き手の責任もあるとは思うんです。ビジネスのスピードが速くなり、じっくり文章を練ることをしない人が増えたのでしょう、読み手に理解させるという心遣いがなく書き手の視点だけで書かれた文章や、語彙が少なく表現がしょぼかったり、言葉の使い方が間違っていて意味が正確に伝わらないような文章が多すぎっ! さはさりながら、私自身の読む力も衰えていることは間違いありません。
頭の現状維持を目指して本を読もう! という訳で、選書ガイドとして上の本を買ってみました。本当はビジネス書やハウツー本というのは好きではありません。文学作品が好きです。しかし、ある程度の年齢になると、「世の中を知っている」ということが人の価値を決定する重要な要素になってくるということに気付きました。若い頃と違って、細かいことはもうあまりできません。おっさんの役割は、一般常識や世の中の流れに照らしてどう行動すべきかという指針を若い人に示すことでしょう。そんな訳で、今更ながら、こういう類の本でも読んでみるかと思った訳です。
こんな雨降りの日は、読みたい本をじっくり探すのにちょうどいいな、ブックオフで(笑)。
2008/08/03
マインドマップの本を買いました
今日は次男のたってのご希望で、近くのプールに行ってきました。
このプール、「ガソリン価格が高騰しているので近場でレジャーを楽しむ人が多い」というテーマで、以前テレビニュースで紹介されていたのですが、その時のインタビューによると来場者の50%以上は東京の人とのことです。
「えぇーっ、あんな田舎のプールに東京都民が遊びにくるのー?」
と我々地元民はびっくりですが、今日も多くの都民の方が来られていたのでしょう、激しく混雑してました。我々もガソリン価格高騰の煽りを受けて近場でレジャーを楽しもうとする家族なので、プールへの行き帰りは当然自転車です。車だと、ガソリン代以上に駐車料金800円が痛いですし。ぎらぎら照りつける太陽の下の片道4km、いい運動です。
今朝は、プールに行く準備で忙しいから余計な洗濯物を増やすなとの嫁の厳命により、今日のランニングは中止しました。走ってヘロヘロになった身体でプールに行って、溺れでもしたら困りますしね。
さて、昨日「マインドマップが本当に使いこなせる本」というのを買ってみました。 思い起こせば、3月7日のブログで マインドマップのことを書きましたが、その後これについては全く進展していませんでした。昨日の午後、あまり暑いので駅前の本屋に涼みに行ってみたら、偶然この本を発見しました。値段はお手ごろで内容もとっつき易そうでしたので、「ただ興味を持っているだけでは前進できない、少し手法を勉強してみるか」と購入してみました。
夕べから読み始め、まだ半分くらいしか読んでいませんが、文房具マニアの私の心を刺激する記事も載ってます。マインドマッパー(マインドマップを書く人のことです)が使用しているノート、スケッチブック、筆記用具を紹介しているページなど、眺めていると目が輝いちゃいますよー(結局そっちの方かい・呆)。マインドマップ創始者のインタビューも載っていますので、精読すれば、マインドマップの何たるかがわかるんでしょうね。
しかし、読んでいて何か心に引っかかるものを感じるんです。
その答えは「マインドマップ上達の極意」という記事の中にありました。そう、マインドマップを使って何をしたいのかということが私の中で不明確なんです。記事の中にも、「マインドマップを使う目的を明確にすることがマインドマップ上達の近道」という趣旨のことが書かれていました。確かにそうですよね。手段を覚えるということを目的にしてしまうと、何のために何をしているのかということがわからなくなってしまいます。
それと、思考から最終成果に至る過程でのマインドマップの位置づけがわからない。一人でブレインストーミングを行い思考を広げるためのツールなのか、アイデアを記憶に定着させるためのツールなのか、アイデアを他人と共有するための最終成果物なのか、それら全ての目的を実現できる万能ツールなのか。私がまだ「マインドマップのルール」を理解していないためでしょうが、現段階では他人の書いたマインドマップを見ても、マインドマップ全体が意味することを把握することができませんので、最終成果物としての役割の有効性については疑問です。この疑問の答えはまだ本の中には見つかっていません。
やばいな。ちょっと深く考えてしまったので、マインドマップ創始者自身が書いた本を買い、そこに答えを見つけに行ってしまいそうな気がします。
2008/05/21
リスク
最近「リスク−神々への反逆」(日経ビジネス人文庫)という本を電車で読んでいます(前にも書きましたかね)。学術書といった体裁ではなく物語風に読みやすく書いてありますので、肩肘張って読むような本ではないんですが、それでも理論的なことが書かれている箇所もありますので、なかなか小説のようには読み進めません。文庫本で上下2冊なんですが、結構長い間読んでいて、やっと下巻の1/3にたどり着いたくらいです。
世の中の偉い人が考えることってすごいですね。私は経済学などを勉強したことはないんですが、イメージ的に「そういう学問は全ての要素が最適化された机上の空論、所詮人が動かす世の中には適用できない」と思ってました。高校の物理の問題などで「ただし空気抵抗は0とします」というあれですね。しかし、これを読むと、偉い人たちは様々な要素をふかーく掘り下げて、パラメーターとして取り込もうとする努力をされていたことがわかります。だから、凡人の私には理解できないようなものすごい数式ができあがるんですね。
これだけ深く考えられたリスク管理手法が発達しているのに、それでも投資で負ける人がいるっていうのはおもしろいですね。もちろん、リスク管理理論がまだ発展途上ということもあるのでしょうが、宝くじを買うのと同じ心理で、負けるとわかっていても「ひょっとして」を期待して投資するのも人間ということでしょうか。
今日もオチがありません(泣)。
2008/05/04
小挫折
昨日のハイキングの影響か、起きると身体の脇に痛みが。痛いとはいっても、昨日の山歩きがわき腹の筋肉に効いたなって感じの快い痛みです。昨日は山道歩いたし、今朝はランニングをさぼっちゃおうかなぁと思ったんですが、一度さぼってしまうと二度と走りに行けなるなるのではないかという恐怖心に背中を押されて、走ってきました。5kmくらいでやめておこうと思ったんですが、4kmくらい走ると、「5km程度でやめてしまっていいのか、またメタボおやじに戻るのか」という恐怖心が心に沸いてきました。ひゅーんと遠回りコースにそれて、結局10km走ってきました。
朝の気温も暖かくなってきましたので、今日から夏仕様、ランニング用シャツにハーフパンツです。夏仕様になって思ったことは、着るものって結構走りに影響するなぁってことです。「体幹ランニング」を読んで以来、腰のひねりを意識して走っているのですが、冬はウィンドブレーカーの前身ごろが激しく左右に振られるのがとても気になるのです。ポケットにiPodや鍵を入れているとすごく遠心力を感じます。ところが、シャツ1枚で走ると本当に身軽。自由に身体をひねって納得のいく走りができます。そのお陰か、今日は久々に5分/kmを切ることができました。スポーツウェアって、無駄に値段が高い訳ではないんですね。
さて、前振りが終わったところで本題です(前振り長すぎ)。
4月27日のブログで、 家にある英語の小説を読むぞっ!と固い決意を表明しました。ドクトルジバゴとエデンの東のどちらを読もうかと考えた結果、薄い方をという軟弱な理由から、ドクトルジバゴに手をつけました。第1章は読みました。筋でいうと、ニカがナディアを池に落とすあたりですね。しかし、ロシアの小説を英語に翻訳しているせいか知らない単語は多いし、ロシア人の気質なのか哲学的な話は出てくるし、読んでいて苦痛です。5月1日の金曜日の夕方、居間のソファーに寝そべって読んでいたとき、こんな苦痛を感じながら読んでいたのでは、絶対英語の勉強にならないと感じ、嫁の許可を得て挫折することにしました(恥)。
しかし、このままやめてしまうのでは男がすたるということで、エデンの東を読み始めました。この本は分厚いという見た目で敬遠していたのですが、ドクトルジバゴより文字が大きいし行間が空いているので、読んでいて心に安らぎを感じます。まだ、さわりの部分しか読んでいませんが、意外と読めそうな気がします。
あとは、遊ぶ時間を削って読書の時間に充てることができるかということが課題ですね。これが一番難しいかも。
2008/04/28
連休の谷間は本屋に寄って
連休の谷間の月曜日、通勤電車は空いてるし、会社も休暇をとっている人が多いため閑散としていて、なんだか余裕のある1日という感じでとってもいいですね。
今日は私を管理する人たちも休暇を取られていましたので、普段の日は忙しさにかまけてなかなか手を付けられない「実験」をして過ごしました。えっ、どんな実験かって? それは職務上の秘密というものがありますのであまり言えないんですが、「ああなったらどうなるか」とか「こうなったらどうなるか」といったシミュレーションのようなものです。
偉い人たちがいないのをいいことに、夕方は定時に会社を飛び出して、本屋でゆったり本探しをしてきました。以前読んだ勝間和代さんの「新・知的生産術」で読むべき本としてリストアップされていた日経ビジネス人文庫の「リスク−神々への反逆」という本を買ってきました。この本、暫く前から探していたんですが、なかなか取り扱っている書店が見つからなかったのに、今日見たら山積み状態。連休なのに家族から相手にしてもらえず暇を持て余し気味のわたしのようなおじさんが買って帰るだろうと、本屋さんが大量に仕入れてくれたんですね、きっと(泣)。

