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2011/07/22

チューキチョー

昼食時、四人掛けテーブルに座っていたら相席を頼まれ、二人の男性が同席。

席に着くなり一人の男性が店員さんに灰皿を頼み、タバコを吸いだした。同席している他人の私には一言も断りなし。私も一日5本程度の喫煙者ではあるが、昼飯時にこの至近距離でプカプカやられるといささか息苦しくなってくる。店が灰皿を出すってことは、禁煙という訳ではないんだろう。でも、店内でタバコを吸っているのは彼一人だけ。最近は、昼食時禁煙という店も増えたし、喫煙マナーという点で、たとえ喫煙者であっても混雑した昼食時の飲食店でタバコ吸う人はあまりいない。あぁ、咳き込みそうだ。早く火を消してはくれまいかと、煙たい表情で彼の顔とタバコを交互に睨んだものの、全く気付く気配なし。

二人の男性から聞くともなく聞こえてくる会話を聞いていると、二人はチューキチョーというところにお勤めらしい。○○チョーなんてお役所みたいな名前だ。そうか、こちらのお方は日本国民のために昼も夜もなく身を粉にして働いてくださっているお役人様だったのか。お役人様だったら、昼食時の混雑した飲食店で周囲の人に構わずご喫煙されるのも仕方がないな。こちらが我慢しておこう。

食事中、もう一人のお役人様はどうやらラー油がご所望だったようで、食事中の私の料理の上を跨いで手を伸ばされ、テーブルの端にあった調味料のビンをとられたものの醤油だったらしい。私のような身分の低い者は他人様の料理の上に手を伸ばすなんて失礼なことはできないので、「恐れ入りますがラー油をとっていただけますか」と同席者にお願いするところだが、「天皇陛下の官吏」と「臣民」という身分差があるから仕方がない。多少のことは我慢しないと。

お食事前におタバコを吸われていたお役人様は、夏休みはタイのバンコクでご静養されるそうで、ご滞在はコンラッドホテルだそうだ。さすがお役人様、ファイブスターズの超一流どころではないか。なんでも、ホテルのご手配を某有名旅行代理店に依頼されたところ、一泊9,700円という価格の提示を受けられたとのことだ。バンコクは物価が安い都市とはいえ、☆☆☆☆☆のホテルが9,700円とは驚きだ。某有名旅行代理店のホームページ見ても、そんな価格のパッケージは載ってないし。日本国の発展と国民の幸福を第一にお考えになり、お国に滅私奉公されている立派なお役人様のことだから、我々のような卑しい者には手の届かない特別な計らいでもあるのだろうか。所詮、外遊など我々には縁遠いことだから、そこのところは踏み込まずにおこう。

しかしまぁ、呆れたものだ。卑しい身分である我々ですら、トレードシークレットの流出を防ぐため、外部との無用の軋轢を避けるため、社外では仕事の話はしないし、意図せず自分の身分が明らかになるような行動は差し控えるものだ。立派なお役人様は国家公務員法によって守秘義務を課せられているはずだが、こちらが質問をしているわけでもないのに、身分や仕事、更には私生活のことまで教えてくださる。昼食時の飲食店で、我々卑しい臣民に不快感を与えながら、そんなおしゃべりをしていていいのだろうか。スパイはこういう人にくっついていれば仕事が楽だな。実際、こういうパターンで意図せず秘密が漏れていることがあるんじゃないか。

霞ヶ関城にいると、城下の空気を感じることはできないのかな。今日たまたま出くわしたお二人のお役人様が悪いということは全くないんだけど、今や殆どの臣民はお役人様方にとっては敵対勢力でしょ。不況、震災などによる臣民の不満、それに油を注ぐようなお役所の不手際、不祥事、お役人様のわがままな行動。お役人様はいつでも吊し上げを食らうような状況だと思うのだが。私のような卑しい臣民がお役人様になれるはずはないが、仮に私がお役人様だったら、自分に何ら非がなくとも、業務以外の場では自分がお役人様であることを人に知られたくない雰囲気だ。

まあ、私のような卑しい臣民とは違って、志高くご努力をなさってお役人様に上り詰めた立派な方々だから、健全で屈強な心を持ち、私のように卑しくこそこそと隠れたくなるような心理にとらわれることなどないのだろう。

全くもって、ご立派な方々だ。

2011/07/14

ツイッター

「今○○にいる」、「今○○してる」といったどうでもいい情報や、自分の生活圏、行きつけの店等々、個人情報の暴露に繋がることを、ものすごい頻度で書き込む人がツイッターには多いっすなぁ。

これだけの情報が公開されたら、バーチャルストーカーってのも増えるだろうし、「変なメールが来た」といった類の当事者間の揉め事ってのは相当あるんだろうなと想像されます。

どうしてみんな、とてつもない頻度で一文の価値もない客観的事実(しかも個人情報)を書き込むことにエネルギーを費やすのか不思議。

かく言う私もツイッタラーですが、私は客観的事実よりも「思想的な事」を書くように心がけています。「昼食なう」なって書き込みよりは少しは価値があるかなと。

しかしね、思うのですよ。その昔、思春期の頃、心に浮かぶ考えや思想(今思えば単なる世の中への不満)をノートに書いていたよなぁと。しかも、書いた文章はどこにも出さないし、誰もノートを読まないという前提で。誰も読まない前提だから、人には絶対に言えないことも平気で書けるし、どんな過激な思想もOK。そうやって心の浄化を図っていたように思う。

そういうことをやってる人って今もいるのかな。今はやりのツイッターもブログも公開が前提だから、実名報道はアウトだし、個人情報の暴露に繋がる内容もアウト、世の中に受け入れられないよな思想もアウトだろうな。かなり制限を受けて書いてるよね。そういう環境では「昼食なう」くらいしか書くことがなくなってしまうのだろうか。

というか、他人に気を使いながらつまらん文章を書いてもスッキリしないだろっ!と思うけど、その辺、どうなのかしら。

2011/07/11

F1

今朝も暑いなぁとうだる車内でいつものようにpodcastを聴いていたら、今朝は心がときめくような話題が。

皆さん、F1て好きですかねぇ。私は子どもの頃からF1好き。ニキ・ラウダが現役で走ってるころからテレビでレースを見てますからね。最近はすっかり関心が無くなってしまいましたが、それもこのおっさんがpodcastで言っていることに原因があるのかなと。

この週末はイギリスのシルバーストンでF1のレースが行われたようで、BBCのpodcastもF1の話題。ガーディアン紙のスポーツ部門の編集長といういかにも固そうなおっさんがでてきて、キャスターのおねえさん相手にF1のことを語っていました。

おっさん曰く、

50-60年代のレースでは、車もエンジンもチームによってバラバラだったので、チームによって排気音が大きく違っていたものです(高級紙の編集長なので語尾は固めにしてみました)。エンジンは、12気筒、10気筒、8気筒、6気筒などいろいろあり、12気筒エンジンを積んでいたフェラーリの排気音は甲高いものでした。いろいろな排気音があったので、まるでオーケストラが奏でる不協和音のように聞こえたものです。

と、ここで50年代末のレースの音を放送。

うんうん、確かに、フェラーリらしき高音から○○様ご用達極太マフラーっぽい低音まで、バラバラに鳴り響いてるよ。

50年代末のレースの音を聴きながら、キャスターのおねえさん曰く、

本当にエンジン音が違うわね。排気音聴いただけでどのチームのエンジンかわかる?...と激しい突っ込み。編集長曰く「さすがにそれは...」

じゃあ今度は最近のレースの音を聴いてみましょうと、90年代半ばの音。

おねえさん曰く、確かにみんな同じように聞こえるわね。

コスト削減のために各チームが気筒数が同じエンジンを使うようになったから、みんな同じ音なんだとおっさん。さらに、そのうちみんな6気筒のエンジンになっちゃうだろうねと寂しいことを...。

確かに昔はフェラーリの12気筒あり、フォードの8気筒あり、1.5リットルのターボ付きありと、みんなバラバラだったよね。仕様の効率とチームの財力と根性に応じて、最適なシステムを選択するという自由度があって面白かった。子どもにとっては、各チームのエンジンスペックを調べて覚えるというのも楽しみだったし。

現在のレギュレーションというのは、公平性の確保というよりも、夢とロマンのF1が商業主義に陥った結果なんだろうなぁと思います。レースには、メーカーの名誉や宣伝という目的の他に、技術開発、開発技術の市販車へのフィードバックという重要な使命もあったはず。市場の競争では、「スカイラインは強力なエンジン積んでるからカローラより速くてずるい、スカイラインにリミッターつけろ」なんて議論はないわけで、レースも同じなんじゃないかなぁ。

「公平に戦って勝った○○ちゃんはえらいねー」なんて幼稚園児のようなレースではなく、技術と根性と財力をつぎ込んで開発した美しいマシンによる胸躍るようなレースが見たいっす。

件のpodcastはこちらです。

http://downloads.bbc.co.uk/podcasts/radio4/today/today_20110709-0956a.mp3

2011/04/02

自治について考える(東国原かっ!)

なかなか治まりませんなぁ、原発。最近は数値を使って具体的な情報が報道されるようになり、自分の感覚で危険度を判断できるようになってきたので、大分落ち着いていますが、一時はビビリまくっていました。

電力需要が増えていく中で、環境(この場合温室効果ガスね)にも配慮した問題解決が求められる中、ある程度原子力に頼らざるを得ないことは理解できる。しかし、本来は一企業で背負いきれないリスクを学者先生とお役人様で過小評価し、電力会社が背負った格好にして原子力発電をするのなんて間違ってる。世界有数の石油・ガス生産国でありながら、石油・ガスは輸出に回し、国内電力のほぼ100%を水力発電で賄っているというノルウェー人のような自制の効いたシンプルな暮らしがしたいと思う今日この頃。

思い余って、「原子力危機に直面した今、ノルウェー人のような生活を送りたい」とツイートしたら、イギリス人に「ノルウェーの人口は僅か400万人、そのライフスタイルを人口1億2000万人の日本に持ち込むのは無理があるだろっ」とすごくまともな反撃を食らって、ちょっとめげました(笑)。

しかし、タダではへこまない。ノルウェーって400万人しかいないのか、そうか、理にかなった生活を送る上で人口というのも重要なファクターなんだな。だったら、日本も人口400万人にしちまえばいいじゃないか。1億2600万人大虐殺? いやいやそんな野蛮な話ではありません。

日本の国土は狭いとは言いながら、それなりの広がりをもった国土。広ければ経済や人口に粗密ができ、その結果、都市部と過疎部ができてる訳だ。この粗密が国家の運営にどのように生かされているかというと、富と人が集まる都市部には危険なものは配置せず、富と人がまばらな過疎部に原発などの危険なものを配置する。つまり、都市部で必要とするものの生産に伴うリスクを過疎部に移転してる訳だ。あの周辺の人たちは自分たちには必要のない電気を発電する設備の事故で被害にあっている訳で、これはどう考えても不条理だ。

なぜこんなことができるか。国土にそれなりの広がりがあって、富とリスクの集中をある程度意図的に作り出せるからだ。 これを防ぐには、国土を狭くしちまえばいいじゃないですか。つまり、各県を独立国にする。そうすれば、国民数も減って、細かいことまで目が届くようになるぞ。

これをするとどんないいことがあるか。例えば、東京電力が福島に原発を作るとする。これは海外投資になる訳で、原発の建設・操業・安全管理は、「福島国」の法律に従うこととなる。また、「福島国」で作った電気を「東京国」に移動させるのは輸出入ですよ。「福島国」はその気になれば電気に輸出関税をかけることもできる。また、東京電力福島国支店から東京電力東京国支店への電気の売買に関して利益の不当な海外移転を監視し東京電力福島国支店に合理的な利益を生じさせ、福島国は東京電力福島国支店から法人税をがっぽりいただく。こいつを原発の安全対策に使ってもいいし、原発に安全対策のための特別税をかけたっていい。ここまでやられたら、東京電力は電力の輸出入はやめて、消費地ごとに小規模な発電所を作るんじゃないだろうか。つまり、東京国で使う電気は東京国で発電するってことだ。

これをやると、もちろん、国ごとに経済規模の濃淡は出る。大量消費を続ける国もでるだろうし、自給自足に近い生活となる国も出るだろう。もともと一つの国だったということを考えると、「不公平だー」と不満を言う国民も出るかも知れない。そこで、居住地の移転のみ自由にする。北海道国の暮らしがいやな人は、最低限の条件さえ満たしていれば、自由に東京国人になれる。人のライフスタイルに対するニーズが多様化している現在、外資系企業でバリバリ働いて金持ちになりたいって人もいれば、衣食住にさえ困らなければ自然に囲まれて暮らしたいって人もいる。但し、フリーライダーが横行するのは防がなければならない。その対策は今は思い浮かばないけど。

この仕組みのいいところは、みんなが「おらが村」(国土が狭いので国に対してこんな感覚を持つのではないだろうか)のあり方を真剣に考えるようになるってことですよ。どこまで発展することを目指すのか、発展のためにはどのくらいのリスクまで許容するのか。富とエネルギーを集約して大量消費生活を続けるために国内に大規模原発を建設するもよし、安全性を優先してエネルギー消費抑制型の生活に切り替えるもよし、全てはそこに暮らす国民の考え方次第。

ただ、分国によって、無駄に大量の政治家やお役人様が生み出されないようにしないといけないね、日本は焼け太りが多いから。

反国際化という自分の考え方に沿ったなかなかいい案(自画自賛)だと思うんだけど、私は生まれてからずっと東京近郊に住んでいるので、地方に暮らす人の視点が抜けていると思う。みんながこの案をどう評価するのか意見を聞いてみたい気がする。

語り口がふざけているので冗談と思うかも知れませんが、結構真剣に考えました。

2011/03/23

動機の形成

今回の地震の影響で、私の住んでいる地域では計画停電が行われていますが、通電している時間帯でも、当然のこととして、節電に心がけています。そうやって電力需要を減らすことで計画停電が見送りされるのだから、正に自助努力ってやつです。

駅、商店、オフィスビルなどでも照明を落としていて、昼間からたそがれています。。地元駅前のパチンコ屋や商店街も看板の照明を落としているので、帰宅時には夜らしい夜が味わえる。これってなかなかいい感じじゃん。

こうやって節電運動をしてみると、我々はいかにいらない電気を使っていたかということがよくわかりますなぁ。これを気に夜明けとともに起きて働き、日暮れとともに寝るという原始的な生活に戻るのもいいかも。

ところで、折角いらない電気がたくさん使われていたということをみんなが認識できたいい機会、電力危機が去った後も計画停電を続けたらどうだろうか。飽食に慣れ切った現代人に活を入れ、常に身近にある危機を忘れないでいるためにはいいと思うんだけど。

しかし、人間てしっかりした目的と理由があれば、多少電気やガソリンがなくても、不満を言わずに生きていけるんだね。

今回のことは、今後省エネルギーや環境保全を進めていく上で大いに参考になるんじゃないかしら。動機の形成が重要。

2011/03/13

信用できん!

確たる理由はないんだけど、管さんの顔見るだけで腹立つわぁ~。

昨日の会見、なんだったんだろう。視察に出かける前の会見も何が言いたいのかさっぱりわからんかったけど、夜の会見も同様だった。感想じゃなくて、冷静な現状分析と今後の対策を言ってくれよ。自衛隊の増員も防衛大臣に「お願い」するんじゃなくて、「指示」しろよ。あんたが政府の責任者なんだからさ。うまくいかなかった時に「防衛大臣にお願いしたんですけどダメでした」って言い訳すること考えてんのか?

すごく危機感を持ったのは、原発のことだけど、昨日の夕方の会見、何で官房長官が数字持ってるのに、原子力安全保安院が数字持ってないんだ? 保安院が収集した情報が政府上層部に上がって、それを官房長官が発表するんじゃないのか? まぁ、出来る子が揃ってる民主党政権のことだから、保安院なんかすっ飛ばして自ら情報収集に乗り出しているのかも知れないが、統制のとれた管理という意味では、それはとても危険なことだと思う。「官房長官しか事実を知らない」なんてことが起こり得るよ。

しかし昨日の夕方の保安院の会見、中身のない会見だったなぁ。中身のないことを多くの言葉を連ねて中身があるように見せかけるという、政治家・官僚答弁の見本のような会見だった。記者もひどかった。「原発からどのくらい離れたら安全なのか」って質問ならともかく、「どうやって避難したらいいのか」なんてお門違いのことを聞く記者相手の会見だから、会見内容もあの程度ってことかも知れないけどね。確かK通信の記者だったな。

東京電力も、今朝の2時に問題が起こって県への通報は5時って遅すぎない? 2時の時点では報告義務のある数値に達していないからってことなんだろうけど、1号機が既に危険な状態に陥っていて、3号機が同じ道を辿り得ることは想像できることなんだから、たとえ報告義務はなくても、安全性の確保ということを考えたら、人としてすぐに情報開示すべきなんじゃないのか。県だって、早く報告してくれれば善後策を検討する時間が稼げるだろうに。

電力会社ってのは昔からお役所みたいな会社ってイメージを持っていたけど、やっぱりそのとおりで全く信用できないな。向こうにしてみたら、「中途半端な情報を発表するといたずらに国民を混乱させる」なんてことを言うんだろうけど、国民は専門家じゃないけどバカじゃない。それぞれで、今後起こりうる事態を想像して、個人なりの対処をするだろう。ありのままの情報を速やかに開示して欲しい! それに、政府の会見にどうして東京電力が同席しないんだ? これだけの巨大地震による事故だから、個人的に今回の事故で東京電力を責めるつもりは全くないけど、現場を一番良く知っていて専門の技術者を抱えているんだから、会見に同席してわかりやすく正確に状況説明をして欲しい。保安院の説明じゃ全くわからない。

でも、枝野さんの説明は、正確性はともかくとして、わかりやすいね。枝野さん個人はすごく優秀な人なんだろうなと思う。残念なのは、従業員としては優秀なんだが経営者的センスが見えないところだ。

2011/03/11

無免許運転

救急車を無免許で運転してタイホーッ!てな記事がありましたなぁ。

この手の記事を見るといつも考えてしまうんですよねぇ。

というのは、高度な専門知識と特殊な技能が求められ一般人には到底為し得るとは思えないようなこと(例えば医療行為とか)を無免許でしていたと聞けばさすがの私も「ええかげんにせーよ」という感じですが、自動車の運転ねぇ。

かつては自動車を運転するということも特殊な技能であったのかも知れませんが、今となっては生活をしていく上で必要な技能となり、誰もが行っていること。立法府や行政府もそれを認めていて、その証拠に、運転免許証というのはよほどのことがない限り、(教習所に通うお金を出しさえすれば)誰でも取得できるし、事実上無制限で更新もできるようになっとります。

余計なことではありますが、最近ではオートマ車の普及により自動車運転者への参入障壁がほとんどなくなり(運転が簡単になったてことね)、車の運転なんかしない方がいいって人まで車に乗るので、運転マナーがなってないし道路上が危なくてしょうがない。更新毎に学科試験と実技試験を課すなど、免許保有者の質の向上を図って欲しいね。しかし、話を進める都合上、現在の状況を受け入れることにします。

それはさておき、この救急車のおっさんは免許をとったことがないのではなく、免許を失効したということなので、技術の観点からは運転することに問題はないと思われる(実際、毎日運転していた訳だしね)。そうすると、このおっさんと他の運転手を隔てる違いは、免許の更新をきちんとしていたかどうかという1点のみですね。

なんかこれってさぁ、免許更新料を稼ぐとか、交通安全協会費を稼ぐとか、協会のおっさんの仕事を作るとか、そういったことのために現在のシステムができているように思えて仕方がない。車の運転を簡単にし(今やアクセル踏まなくても走るし、ブレーキ踏まなくても止まる!)、免許の取得を容易にし、ここまで市場が拡大したんだから、今や自動車なんて自転車と一緒でしょ。免許制度なんて必要なのかなぁ(上でも書いたほうに、本心としては免許制度を厳しくして免許保有者の質の向上を図ってほしいというのが本心です)。

なんだかこのおっさんは、警察を中心とする運命共同体が作りだしたシステムの犠牲者のような気がしてならない。

2011/03/09

老化現象

歳をとったせいか、つまらないことが気になって仕方ありません。

今、気になってるのは、前から書いていますが、「電車ゲーム携帯男」。

今日もいたんですよぉ、戸口にどっかりと根が生えたように立ち尽くし、少年ジャンプサイズの漫画本を読み漁り、乗り降りする人がいてもお構いなし、目を上げて回りの状況を把握しようとすらしないおっさんが。なぜか、この人も腹が見事にせり出していて、異様に膨らんだトートバックを肩から担いでる。

私に実害はないものの、何故かイライラ。

途中、漫画本をしまったので、「あぁ、やっとイライラから解放される」と思ったのもつかの間、今度はPSPの登場だぁ。アクション系ゲームでもやられてるんですかねぇ、ボタンを操作するたびに大きな身体がゆさゆさと...。

もういいよ、漫画読んでもゲームやっても。

でも、せめて、電車が駅に止まったら、漫画やゲームから目を離して回りを見渡し、他の乗客の乗降に支障がないように気を配ってくれぇぇぇ。

2011/01/27

KARA騒動

最近のKARA騒動の報道を見てて思うこと。

真相はよくわからんし、はっきりいってどうでもいい。

お金の問題だとか、仕事の質の問題だとか、いろいろ言われているけど、芸能活動が経済活動の一種である以上、全くお金が絡んでいないということはないんだろう。

嫁から聞いた話だけど、韓国のアイドルの平均寿命は5年で、アイドルとしての旬が過ぎたあとに司会業に転職するなど、日本のような第二の芸能人生を歩める体制がまだ整ってないらしい。男性アイドルについて所属事務所は彼が兵役に行く前までに投下資金を回収しようとするというし。エンターテイメント市場の規模は日本の30分の1だとか。要はまだ黎明期ってことなんでしょ。

日本の芸能界はどうだったんだい。黎明期ってのは昭和30年代とか40年代になるのかなぁ。日本にだってやっぱり胡散臭い話や騒動はそれなりにあったんじゃないの?
ただ見えないように覆い隠されていただけで。黎明期ってのは才覚のある奴や力のある奴が手段を選ばずのし上がろうとする時代ですよ。いろいろあって当然なんじゃないかなぁ。本人が辞めたいっていうんならやめればいいじゃんって感じです。

とても気になるのは、自分たちの過去を忘れて、自分たちも経験した発展途上段階にある人に、現在の自分たちの成熟した価値観を押し付けようとすることだ。KARA騒動にしても、「俺たちもあんな時代を経験したな」と静かに見守ったらいいんじゃない?

これを敷衍すると、私はここ数代のアメリカ大統領の他国に対する態度ってのが気に食わない。元はと言えば、イギリスから渡った人たちが原住民を蹴散らして住み着き、武力で原住民を追いやって自分たちの領土を広げ、魔女裁判など過去には原始的かつ野蛮な歴史を持っているにも関わらず、アメリカと違う価値観を持つ国や政治体制の異なる国を非難し、経済的圧力を使って同盟国にも非難に輪に加わらせる。

戦争などの国際問題ならともかく、内政問題にまでケチをつけるお前は何様だって感じ。

中国の人権活動家の解放について主権国に意見する前に、自国内の差別や貧困問題をなんとかしろよ。

2011/01/25

ラーメン喰いながら考えた

昼飯に一人で味噌ラーメンをすすりながら考えたこと。

DNAを受け渡す仕組みってのは本当によくできてるよな。DNAって普段は身体の奥に隠れていて表になんて出てこないくせに、次世代への受け渡しのときは宿り主による生殖という仕組みを挟むことで、宿り主が主でDNAは従あるかのような勘違いをさせることにより次世代DNA宿り主の保育をさせ、しかも生殖によりDNAの多様化を図っている。ほんと、うまいこと考えたもんだ。

しかし、最近は断られたくない症候群の若者やいわゆる草食男子のような異性に近づけない人や関心がない人も増えてきてるよな。こいつは、DNAの多様化どころか受け渡し自体がなされないという点では、DNA存続の危機だぞ。

この対応として、DNAはどんな作戦を練っているのだろう。単為生殖か?
でもこれではDNAが混ざらず多様化できないから、カタストロフィで絶滅ということもあるだろう。人間の意思を関与させずに受け渡しと多様化が図れる方法って何かあるんだろうか...?

だけど、考えてみたら、人口減少は日本だけのことで、中国、インド、アフリカといった地域では絶え間なくDNAの受け渡しが行われているのだろうから、DNAにとってはそれほど危惧すべき事態ではないんだな。ただ、日本人という人たちのDNAが絶えるだけのことだ。

あーぁ、深刻に考えて損した。

2011/01/21

断られたくない症候群

今朝の日経新聞の社会面に載っていた「断られたくない症候群」の記事面白いっすねぇ。

人の心理として、こういうことをする気持ちは分からなくもないです。。例えるなら、偶然を装って好きな女の子とすれ違い、女の子がこちらの存在に気付いてくれたら、あわよくば、声など掛けてくれたらラッキーって感じのあれですな。

しかし、リアルワールドでならともかく、バーチャルワールドでもこんな生き方をしている若者って、つくづく「草食系」っていうか、ガラスのハートって感じがしますね。

私も女性に直接的にお声掛けするというのは度胸もありませんし必要性もありませんが、飲み会くらいなら、「今日飲みに行かない?」と単刀直入に切り出したらいいんじゃないですかね。断られれば諦めもつくし、他の人を探すという行動にも移れるし。

こういう間接的な誘い方の場合、誰もそれに気がつかなくて誰からも反応がない場合には、彼/彼女は傷つかないのでしょうか。かえってそっちのほうが心の痛みが大きいのではないかしら。

草食系、ガラスのハート、遠慮の塊等々いろいろな考え方はありますが、こういう人たちってのは、コミットするのがいやな人たちなんだろうなという気がします。自分から誘ったことにより生じる責任を負うことを避け、ひたすら人から誘われるのを待っているって感じ。コミットできる人間になれるようがんぱらないと、勉強も仕事も大成しないよ。

2011/01/16

むかつくこと

今日はつまんないこと書きますよ。

最近、ちょっとムカッときたことがあります。何がって、与謝野さんの内閣への登用ですよ。誤解のないように言っておきますと、私は与謝野さんに対しては何ら負の感情は抱いていません。気に入らないのは民主党のやり方。

与謝野さん入閣を巡る私の見立てはこんな感じなんですけどね。

・埋蔵金があるあるといって、人気取りのための子ども手当や公共投資の拡大やらで、前政権の財政運営を批判しておきながら史上最大規模の予算を組むという失点を犯してしまった民主党、事業仕分けなぞやってみたものの、仕分けの結果に強制力はなく、結局は放漫財政を賄えるだけの財源を獲得できず、いよいよヤバくなってきた。

・これはまずいと菅さんが、自民党との間では選挙の論点となるはずのない「消費税増税」を口走ってみたものの、結果は参院選で大敗し、政権維持の危機。

・人気を保ち政権を維持するためには、マニフェストで約束した放漫財政をある程度続ける必要があるが、その財源をどこかから引っ張ってこなければならない。かといって、前回の選挙の結果からも明らかなように、民主党自身が消費税増税を先導するのは政権の危機。

・そこで、かねてから財政再建派として名高く、閣僚経験と見識を持った(とみんなが思っている)与謝野さんを、民主党主流との対立軸を残したまま、いわば必要悪として閣内に取り込み、与謝野さん主導で消費税増税に舵を切る。

要は、与謝野さんに押し切られたという形で消費税増税に踏み切り、マニフェストで放漫財政を約束した民主党の体面を汚すことなく事を収めるという作戦ではないのか。

本当に子どもっぽい政権だよな。まるで、「そんなことうまくいくはずないよ」という親の忠告を無視して強行したものの、やっぱりうまくはいかず、必死に言い訳している子どもみたいだ。そこで、「お父さんの言うとおりでした。すみませんでした。」と頭を下げてくるならまだ可愛げがあるんだけど、言い訳をするってのはむかつくね。野党時代、闇雲に政権奪取のみを掲げ、前政権による財政運営に対する一定の必然性と改善策を全く学んでなかったってことだね。

もっとむかつくのはですよ、消費税増税を検討している一方で法人税減税を行うこと。物理的生命体でない法人への課税を緩和し、飲み食いすることで物理的生命を維持している個人への課税を強化するってのはどういうことか。つまり、国民は今後の生活の糧を勤労にではなく投資に求めろってことか。そして投資資金を持たない者は敗者ってことかな。

法人税減税の理屈もわかるよ。企業の海外への逃避を防ぎ、投資マネーを日本に呼び込むって作戦だよね。だけど、企業の成長を支えているのは勤労者でしょ。尊い勤労をしている者に重税を課すってのは封建社会の再来かって感じ。こんな状況下、この先日本で生きていくためには、ちょっと頭の回る人なら、勤労者であることをやめて投資家の側にまわるよね。その方が実入りがいいから。そうなると、元々は産業の空洞化を防ぐという目的で実施される法人税減税が、理屈の上では、勤労者の減少による産業の空洞化を促進するってことになるんじゃないか。パラドクスだね。我々の世代は「勤労は尊い」という道徳観の下で育ってきたけど、この先は投資は勤労に勝るというのが日本の道徳となるのか?

欧米では「企業は投資家のもの」という考えが徹底し剰余金をバンバン配当するのに対し、日本企業は内部留保ばかりして配当はしみったれてるから、実際には勤労者であることをやめて投資家に転じるなんてのは無理な話。だから、極端な勤労者の減少を招くことはないと思うのだけど、そういう経済の歪みに乗じて経済政策を成り立たせようとしているのだとしたら、場当たり的だし、「実際に投資家に転じるなんて無理だろ」と弱みに付け込まれて搾り取られているようで、ますます不愉快だっ!

しかし、支持率獲得による政権維持を第一義とする政権の危うさを国民に示し、国民の政治意識を高めたという意味では、民主党政権も日本の政治史に一定の貢献をしたのかも知れない。

ふと思ったんだけど、民主党政権て構造的にはベネズエラのチャべス政権によく似てるな(爆)。

2011/01/08

トラクターを取っ掛かりに考えた

遂に日本版GPSってのができるんですね。新聞の情報によれば、他のシステムやアタッチメントを組み合わせれば測定の精度を数センチにまで高められるとか。日本の入り組んだ狭い農地でも遂にトラクターの無人運転が可能になるらしいです。

トラクターの無人運転をとっかかりに、「風が吹けば桶屋が儲かる」式の社会モデルを思い浮かべてみました。

私は農作業に従事したことがないので農作業がどんなものなのかよくわかってはいないのですが、トラクターの無人運転が可能になるなら、今までは見張り1人+運転手1人の2人体制で行っていた作業は見張り1人でできるようになるんでしょうなぁ。

するってぇと、手の空いた1人は他の農作業をやればいいのでしょうが、利用可能な農地は限られており、暇にあかせて他の仕事をしたからといって農家の生産性が高まるということはないような気がします。では街で働くかと言ったってこのご時世、そう簡単に仕事など見つかるまい。という訳で手の空いた1人は詩作に励むしかあるまい(なぜに詩作?)

こんな状況があちこちで発生すると思われるので、世の中には大量のにわか詩人が誕生し、詩歌市場(そんなもんあるんかいっ!)には大量の駄作が供給されることになりますなぁ。一方顧客はトラクター自動運転のための設備投資が嵩んで購買力は低下。そうなるともう商売になりませんわ。詩歌市場は崩壊。大量のにわか詩人の運命は...?

こんなようなミクロ的現象が積み重なって、マクロ的には消費者の購買力が低下する一方で、生産者側では労働従事者数は減ってもトラクターの自動運転のお陰で供給能力に変化はないので、供給過多となりデフレが進行。次々に寄せてくる波のようにこんなことが起こるので、すぐにデフレスパイラルに入ってしまうんでしょうなぁ。

街には失業者が溢れ、お金はトラクターの自動運転を仕切る資本家のもとに集中し、社会の二極化がますます顕著になってくる。厳しい自然界であれば、生きる手段を持たない生物は淘汰され、環境に適応した者が環境を維持するに必要な数だけ残り最適なバランスが保たれるということになるのでしょうが、目先だけの保護が行き届いた先進社会では、自然淘汰は起こらない。となると、どういうことが起きるんだろう...というお先真っ暗なシナリオが。

そこで考えたこと。政府がとるべき仕組みとしては、究極的には2つしかないのだろうと。

1つは経済的効率性を全く追求しない完全な福祉社会。仕事の効率を落として大量の労働者を雇用し、多くの人に賃金が行き渡るようにする(一人でできる仕事も五人でやるってことね)。老齢・病気・怪我などのためにこの仕組みからもれてしまう人を扶養するための資金を税金として政府が蓄える。人間は労働で世の中に貢献し対価を得ることに喜びを感じる(と私は思っている)ので、人間を中心に据えた制度としてはいいのではないかと。社会科学を勉強したことがないので正しいかどうかはわかりませんが、社会主義ってことになるのかな(赤い貴族が支配するやつではなくてね)。しかし、この仕組みの中の経済は外部経済とは競争にならないし、保護を求めて移民が押し寄せるでしょうから、鎖国でもしないとこれは実現できないね。

もう1つは、人間社会を完全な自然状態にすること。要は規制を全て廃止し、完全な競争社会にすることで、完全なバランスのとれた社会を実現するということ。

今の世の中は根本的には後者に近いのでしょう。しかし、原則に従って「食えないやつは死ね」と声高に表明するわけにもいかないので、哲学のない目先だけの福祉政策がくっついてるって感じ。哲学がないので福祉費用(税金ね)を負担する人からは文句の嵐。あーぁ。でも忘れてはいけないのは、紛争地域や飢餓地域では、「食えないやつは死ね」って現象が実際に起きていて、悲しいことではあるけれども、これが地球規模での人口増加、需要過剰による社会の崩壊を防いでくれているってこと。

世の中って難しい。何が理想なのかもよくわからん。

しかし、トラクターからこれだけ妄想できる俺って...水島ヒロになれるか!? ちがうかぁ!?

2010/11/22

先端医療

夕べテレビを見ていたら、切らずにガンを治療できるという最先端治療を紹介していました。

だけど、この治療は保険の適用外とのことで、テレビに出演していた方の治療費は250万円とものすごく高額。

国との間で保険適用に関する議論も行われているらしく、「実証例が少ない」やら、「国は医療費負担を抑えるために保険適用にしないんだろう」等々、いろいろな意見が出ているようですが、担当されているお医者様の総括は、「早く保険適用対象にして、誰もがこのような治療を受けられるようにしてほしい」とのこと。

しかし、この番組見ていて、私は結構真剣に考えさせられてしまいましたよ。

地球の資源や生産能力に限りがあることを考えれば、地球の人口はある一定範囲に抑えられている必要があるでしょう。

アフリカなどの最貧国では、病理的には致死的状況にない人々が、充分な食糧がないというだけの理由で亡くなり、ひどい言い方で申し訳ないが、ある意味で地球の人口調整弁の役割を果たしてくれている。

その一方で、富める国ニッポンでは、ガンに侵された老人ですら、お金を使って延命されている。

ガンはこの数十年日本人の死因の第1位となっているが、それは「日本人の寿命が延びたためガンに侵される確率が高くなった」ということらしいです。

人類の健全な発展を考えれば、年齢が高い順に死んでいく方が望ましいことは言うまでもない。

遠くの大陸で食うものがなくて死んでいく子どもがたくさんいることを知ってか知らずか、自分あるいは自分の身内の延命に心血を注ぐってのはどうなんだろう。

ある程度の年齢になった人がガンで命を落とすことは、悲しいことではあるけれど、ある程度は仕方のないことだと思うのですが、年老いた親の延命のために大金を使う人って、まだ親離れできてないってこと?

どんな偶然か、Yahooニュースにこんな記事が。

『20日発売の英誌エコノミスト(本紙特約)は「未知の領域に踏み込む日本」と題した日本特集を掲載した。少子高齢化が、日本経済の再活性化やデフレ脱却の大きな障害になっており、日本はこの問題に最優先で取り組む必要があると警告した。』

継続的発展のためには、健全な世代交代と、バトンを渡す次世代の育成は欠かせないよね。

2010/10/24

アメリカ

今朝の朝日新聞の1面のアメリカ帰還兵の記事、をインパクトあったなぁ。

ベトナムとかアフガニスタンとかイラクとか、アメリカの領土保全に関係ないような戦争に行った人に、一般国民の目が向かないのはよくわかる。

明日の生活に直接影響がおよぶ戦争じゃないし、そういう戦争に反対の人も多いでしょうからね。

でも、世界の治安にとってそれが必要な戦争であるとしたら、アメリカ一人の犠牲にみんながただ乗りしてるってことで、日本に住む我々も無関係という訳にはいかないよなぁ。

それが必要な戦争なのかということは、個人の信条によって考え方が違うと思うし、いろいろな意見が出ることが自然だと思う。

しかし、当時のリーダーの意を受けて国のために辛い任務をに従事したのに、それが自国内で正当に評価されていないことは本当に気の毒だ。

2010/09/24

禁輸

中国が報復措置として、日本へのレアアースの輸出を実質的に止めてるんですってね。

禁輸かぁ。

禁輸と言えば、約70年前の太平洋戦争も、アメリカによる日本への石油の実質的禁輸というのが引き金のひとつだったような気がする。

どこかがドカンと火を噴けば、一揆に戦争になってしまうんじゃないかとビクビクしています。

日本人は長いこと物理的な戦闘から遠ざかっているので実感はないかも知れないけど、一発の銃弾で第一次世界大戦がはじまったように、双方に不満がたまっていれば、ひょんなことから戦争って始まるんだよな、きっと。

不当なまでに譲る必要はないとは思うけど、何とか早くガス抜きして欲しい。

2010/07/29

帰国

昨日3日間の中国出張から帰ってきました。

高層ビルが乱立し、繁栄振りにびっくり。私が泊ったホテルも高さが400m以上あり、部屋は64階。何か事が起きたら命は無いなとびびりましたねぇ。

ところで、Google問題に絡んで中国のネット環境についてはいろいろ報道がされていましたが、アクセスが制限されているというのは本当なんですね。

中国国内からは、ツイッターにもこのブログにもアクセスすることができませんでした。

せっかくいろいろネタがあったのに残念です。

2010/07/01

ダブルパンチ

路線価が今年も下落したらしいですね。

あくまで相続税や贈与税の算定基準となる価格らしいので、取引価格とはリンクしないのかも知れませんが、資産の評価が下がるというのは悲しい限り。

一方、世の中はデフレ基調なので、貨幣の価値が膨らみ、住宅ローンが重くのしかかる。

ダブルパンチじゃねーかっ!

借入金利が低いのが不幸中の幸い。

先行きが暗いこの状況の中で、政権党は今度はどんな社会実験を仕掛けてくるんだろう。

2010/06/10

電車でカバンは行儀よく

最近思うことがあります。

満員電車の中では、自分のカバンをしっかりコントロールして欲しい!

私は鉄道会社の指導に従い、手に持って身体の前の足元にぶら下げていますが、男性で多いのは、大きくて頑丈なカバンを肩から下げて手ぶらになり、ゲームをしたり本を読んだりという御仁。ご本人はゲームや本に夢中で、肩から下げた硬いカバンが人に当たろうが、人に押されて右に行こうが左に行こうがお構いなしといった構え。限られたスペースに大勢の人が乗るんだから、周りの状況をよく見て、邪魔にならないところにカバンを退避させてくれないかなぁと思っています。

多くの女性はどうしてカバンを肩にかけたまま電車に乗るんですかね。トートバック、ハンドバック等々カバンの計上に関わらず、無理やりにでも肩にかける人が多い。カバンを持った女性が10人いたら9人は肩にかけてるね。女性の場合も、肩から下げたカバンを自然体で脇に吊り下げ、他人の上半身にガンガン当てている人が結構いまっせ。しかし、女性の場合は、込み合った電車の中でおっさんの肘が胸に当たらないようにとか、そういった考えでああしている人も多いのかなぁ。そうであるなら、肩から下げたカバンを胸の前に巻き込んだ状態でホールドすれば、人の邪魔にならないし、胸もガードできるという一石二鳥。どうですか?この作戦。

今朝も、もうこれ以上奥に行けない位置にいる私に、若いにーちゃんのでかくてカバンがガツンガツンと当たっているのに、にーちゃんはそれに全く気付かずカバンを動かす気配なし。「お前の反対側はスカスカなんだから、もっとそっちに寄れ!
自分の世界に没入してないで、もっと周りに目を配れ!」と言ってやりたかったけど、朝からもめ事は気分悪いので、我慢しておきました。

2010/06/02

結局、辞任か...

鳩山さん、辞任かぁ。

政権発足当初は、政権交代が行わることが真の民主主義といった声もあったけど、壮大な民主主義の実験だったなぁ。

自民党の負の面のみを論い、国民の耳に心地よく響く公約を掲げて絶大な支持を得たものの、なんともお寒い結果となりました。

ここから学べることは、1つの決断には必ず正の影響があり、負の影響があるということ。既存の負の面を正そうとすれば、そこは正になっても、別の場所に負の影響が及ぶ。

国民に金をばらまこうと思えば当然財源が必要になるわけで、無駄遣いを批判していた正当が史上最大額の予算を組んでしまうという愚の骨頂。

競争を促して効率化というけれど、日本はまだまだ公務員と建設業が多くの雇用を吸収している国。
予算削減と称して公務員削減、公共投資削減を行うなら、職にあぶれた失業者をどこで吸収するのか。

社民党も「県外移設は公約だから、それが守れないなら政権離脱」なんてかっこいいこと言ってるけど、与党となり入閣したことで公約を実現するために必要な影響力を及ぼし得る立場を得たにも関わらず、力不足で公約を実現できなかったので撤退します」ってことだよね。閣外に出てしまったら、公約実現のための影響力は一層弱まるのだから、政権離脱は何も生まず、「面子を保つ」というくだらない目的のためだよね。

私自身は特に支持政党というものは持っていませんが、こういう点では、自由民主党というのは正と負のバランスや利害関係者の調整をうまくこなしながら、そこそこの政権運営をしていたんだなぁと、民主党との対比により再認識されますなぁ。ただ、金権政治はいただけなかったけど。(その点は民主党も同じようなものか。)

総じて言えば、局所的処置にしか目が行かず、投与する薬物の副作用を含めた総合的評価のできる政権ではなかったってことですな。

国を良くするためには、網羅的視点で評価・決定できる政権が必要。だけど、そのような地道な活動を評価できる国民の目も必要。